馬鹿げた考えを振り払った一輝が、再び弟に向き直った時だった。 「瞬」 氷河が、ラウンジのドアを開けて中に入ってきたのは。 人が話をしている最中に勝手に部屋に入ってくるなと咎めようとしたのだが、そうする前に、一輝は、氷河が右の手からぽとぽとと床に血の滴を落としているのに気付いて、ぎょっとした。 「氷河、どーしたの!」 瞬が、慌てて氷河の許に駆け寄っていく。 「一輪挿しを割ってしまった」 「一輪挿しを割った……って、なに、のんびりした顔してるの……! 血が……」 血の赤に青ざめる瞬とは対照的に、氷河の口調にはまるで緊張感がなかった。 「あの花を飾って、おまえにやろうと思った」 「あの花は、あそこに咲いているのがいいの! とにかく、手当てしなくちゃ。手、心臓より高くしてて! そんなだらんとさせてたら、血が流れ出るばかりじゃない! 今、救急箱を……ううん、一緒に来て!」 「ん? ああ」 初めてそのことに思い至ったらしい。 氷河は、緩慢な動作で腕を曲げ、血にまみれた手を胸よりも高いところに持っていった。 瞬が、そんな――ぼんやりしているようにしか見えない男の腕を掴むようにして、ラウンジを出ていく。 瞬に庇われてばかりいる上に、注意力散漫、ドジで間抜け おまけに、どこか鈍いとしか言いようのない、その態度。 一輝は、立腹を通り越して、呆れ果てていた。 |