が、氷河と瞬が出ていくのとほぼ入れ違いにラウンジにやってきた星矢の話を聞いて、一輝は呆れ返ってばかりもいられなくなったのである。

慌しく部屋を出ていく氷河と瞬を見送った星矢は、怪訝そうな顔をしてラウンジに入ってきた。

「どうした」
「ん? ああ……」

氷河の愚鈍に半ば唖然としていた一輝に、星矢が眉をひそめてみせる。

「氷河の奴さぁ……」

星矢は、それを言ってしまっていいものかどうか迷っているようだった。

「氷河の奴さ、さっきまでずーっと、エントランスホールの棚にあったガラスの一輪挿しをずっと睨んでたんだよ。で、突然手に取ったかと思うと、それを握って割りやがった」

「…………」

いくら愚鈍な男でも、ガラスでできている花瓶を割ったら怪我をすることくらいはわかりそうなものである。
わかっているはずである。
だとしたら。
氷河の怪我はわざと負ったもの、ということになる。

なぜ氷河がそんなことをしでかすのか。
導き出される答えは一つきりなのだが、一輝はその答えを――常人のすることではないという理由で――受け入れられなかったのである。



一輝が、どうにも得心できない気分で自室に戻りかけた時、その途中にある氷河の部屋から瞬の声が聞こえてきた。

瞬はよほど慌てていたのだろう。
氷河の部屋のドアは廊下に向かって開け放たれていた。

「ガラスでする怪我は危ないんだから! こんなにざっくり切っちゃって……!」

瞬の叱咤には、溜め息も混じっている。
叱りながら、嘆息しながら、瞬は、止血用のテープを氷河の手に貼ってやっているようだった。

「こんなんじゃ、ご飯食べられないよ」
「おまえが食べさせてくれ」
「お風呂だって、大変なんだから」
「おまえが洗ってくれ」

怪我を負った当人の声は、瞬のそれとは対照的に、どこか妙に楽しそうだった。

「……怪我を悪化させないために、夜は一人で静かに眠ってね」
そんな氷河に、さすがの瞬も呆れたのか、口調に少し意地の悪さが混じる。

しかし、氷河の方には全く悪びれた様子が見えなかった。
「あれは、おまえの協力があれば可能だろう」
「もうっ!」

機嫌を損ねさせてしまったらしい瞬を、氷河はなだめにかかったようだった。




「…………」

事ここに至っては、彼の常識から外れているために受け入れ難かった答えを、一輝は受け入れざるを得なくなった。

そんな会話を交わしていられるくらいなのなら、氷河の怪我は大したことはないのだろう。

怪我の方だけは。






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