氷河は、単に、瞬が兄と二人きりで話をしているのを邪魔したかったのだろう。 その話の内容を察していたのかどうかはともかくとして、そのために彼のとった行動は、一輝にはとても尋常の人間のすることとは思えなかった。 「氷河、貴様……」 瞬に手当てしてもらった手を心なしか嬉しそうに眺めている氷河を、一輝はほとんど嫌悪感に支配されながら見やった。 「ドジ阿呆間抜けは聞き飽きた。ふん、言いたいように言え」 瞬がいない所では、氷河の口調にはどこか高慢な響きが混じる。 一輝は、僅かに口許を歪めながら、常軌を逸した金髪男を問い質した。 「その怪我はわざとか」 「……これはただのドジだ」 「わざとなんだな」 「…………」 一輝に断じられると、氷河は急にふてぶてしい態度になって、ソファで脚を組み直した。 身を沈めたソファから、眇めるような目つきで、瞬の兄を見る。 「……おまえと瞬は特別な兄弟で――質の悪い癒着を起こしかけていた。瞬の自主性と独立心を守るためには、瞬を貴様から引き離しておいた方がいいと思ったんでな」 開き直ったとしか思えない氷河の態度と言葉とは、一輝を目いっぱい不快にしたのである。 非力な飼いウサギと思っていた相手は、実は狡猾に野生を生き抜くキツネだった――。 それを見抜けずにいた自分自身にも腹が立った。 「何が自主性だ! 貴様にはプライドというものがないのか。わざと怪我をして、瞬の気を引こうとするなんてのは、周囲の注目を自分に向けたがる2、3歳の子供と同じだぞ」 「プライド? ないな、そんなものは」 あっさりと、そして傲然と、氷河は言いきった。 「あったとしても、そんなものに何の価値がある」 「価値がないだと !? 」 「ないな。俺は、瞬に俺の側にいてもらうためなら何でもする。瞬に微笑っていてもらうためにならどんなことでもする。親が生きていたら、親も捨ててみせただろう」 潜むように笑う氷河に、一輝はぞっとした。 無論、それは、既に親がないからこそ言えるセリフなのだとは思ったが。 ――思いたかったが。 そういえば、氷河は最近シベリアに帰らなくなっていた。 一輝は、さして深く考えもせずに、それは瞬のためなのだろうと思っていたのだが、まさしくそれは瞬のためだったのだろう。 そもそも親も捨ててみせると言う男が、何のためにしばしば故国に帰っていたのか。 それとても、瞬の気を引くための行動だったかもしれないではないか。 「…………」 一輝は、事もなげにプライドなど持ち合わせていないと言い放つ金髪の男の、真意を読み取れない青い瞳が不気味でならなかった。 |