兄の手から解放された瞬が廊下に出ると、そこに氷河の姿があった。
無表情に、瞬の出てきたドアを睨んでいる氷河に、瞬は苦笑した。

「……こういう時こそ、怪我した振りでもして入ってきてくれればいいのに」

「…………」
氷河は、それには何も答えなかった。
瞬を信じること、瞬の信じている兄の言動を信じることが、彼のプライドだったから。

「俺は―― 一輝が気の毒になってきたぞ。なぜあいつは正直に言わないんだ。おまえに――自分のところに戻ってきて欲しいと」

「気の毒だなんて、そんな言葉、兄さんの前では絶対に言わないでね。兄さん、自己崩壊起こしちゃう」

瞬は、正面から氷河を見上げてそう言い、それから、悲しそうに瞼を伏せた。

「兄さんは……辛い目に合いすぎて、プライドなしには生きていけなくなっちゃったの。プライドだけが兄さんを守っている鎧なの。兄さんは、プライドを捨てることの意味も意義もわかってないの……」

まるで一輝のプライドに同情しているような口振りだった。
おそらくは、それこそが一輝に聞かせてはならないセリフである。

「俺はプライドを捨てたわけじゃない。俺のプライドは」
「僕の中にある」
「そうだ」
「僕のプライドも氷河の中にあるよ」


己れのプライドを預けることができるほど自分に似通った相手。
プライドという一点以外は、何もかもが違っている恋人に、瞬は切なく微笑みかけた。






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