これまでと大差ない日常生活。
これまでと同じような時の流れ。

しかし、閉鎖された空間というものは、やはり、閉鎖されているという事実だけで、人体に影響を及ぼすものであるらしい。

最初に様子がおかしくなったのは星矢だった。


閉鎖空間に入ってからわずか5日後、窓から偽物の空を眺め、星矢は、
「本物の空が見たい……」
と、高村智恵子のようなことを言い出したのである。

「星矢、大丈夫? リラクゼーションルームに行って、音楽でも聴いてきたら?」
「あ、いや、ちょっと言ってみただけだ。俺は全然平気だぜ」
心配顔の瞬に声をかけられた星矢が、慌てて首を横に振る。

「おまえにそんな繊細な神経があったとは驚きだな。瞬が言うならまだしも、おまえみたいな奴にそんなことを言われると、それこそ空が落ちてくるんじゃないかと心配になるぞ」

いつもの氷河なら、星矢が何をしようが、何を言おうが、無視を決め込んでいただろう。
そして、いつもの星矢なら、氷河のそんな嫌味など聞き流していたはずだった。
いつもの星矢なら。

「おまえ、もっと人に優しくできねーのかよ! ったく、四六時中瞬の側にいて、よくそんなオモイヤリのカケラもねーセリフを吐くヤツでい続けられるもんだな! おまえみたいに無神経な奴なんか、瞬の側にいていいよーな人間じゃないんだからな! サイテーサイテー、ほんと、瞬もよく我慢できるもんだぜ!」

今の星矢はいつもの星矢ではなかった。

「…………」

星矢は、確かにどこかおかしかった。
瞬や紫龍はもちろん、一輝もまた、星矢のその言葉には驚きを禁じえなかった。
一輝ですら、そんな――きつい“真実”を口にしたことはなかったのである。
これまで、ただの一度も。

「星矢! 星矢、どうしたの!」
瞬が、少し取り乱した様子で、星矢の肩を揺さぶる。

「無神経で思い遣りのないのはどっちだ! おまえみたいな奴こそ、瞬の側から離れていろ!」
しかし、星矢の言葉にいちばん驚いたのは――衝撃を受けたのは――、無論、星矢に非難を浴びせられた当人だったろう。

「氷河! 何てこと言うの……!」

氷河に怒鳴りつけられて反発するかと思いきや、星矢が、飼い主に叱られた仔犬のようにしゅんとなる。
自分が平生の自分でないことに気付き、星矢自身もまた、そんな自分に驚いてしまったようだった。


「ごめん。俺、もう寝るわ」

力無い口調でそれだけ言うと、星矢は、肩を落としてラウンジから出ていった。






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