「瞬が泣いていたぞ」

紫龍にそう告げられても、氷河は表情を変えなかった。
瞳の奥の、ただ一点だけが、翳りを帯びる。

「殺生谷で瞬が一輝を庇ったのが気に入らなかったというのなら、それは狭量というものだぞ」
「別にそんなことを気にしているわけじゃない」
「なら、もう少し――」
「今は」
氷河は、紫龍のその先の言葉を遮った。

「今は、そんなことを気にしている時じゃないだろう。貴様も瞬並みに甘い奴だな」

「俺は、瞬のように、この事態を、闘うことなく話し合いで解決できるとは思ってはいない。敵に容赦しろと言っている訳でもない。おまえが敵を求めてくれるおかげで、俺たちは楽ができているしな」
「なら、文句を言うな」

「俺は瞬にもっと優しくしてやれと言っているだけだ。殺生谷でのことに本当にこだわっていないのなら」
「できるか、そんなことが」
「なぜできん」

問われた氷河が、ぎろりと紫龍を睨む。
やり場のない怒りにかられた視線で。

「そう恐い顔をするな」
紫龍は殺気立っている仲間に溜め息を洩らし、椅子に身を沈めた。

そのまま半眼になって、4、5秒氷河を眺める。

「そうか、瞬のためか」


「……!」

一瞬たじろいだ氷河が、何の反駁もせずに、だが即座にその場を立ち去ったのは、紫龍の推察が的を射ていたからだったのだろう。






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