その日は早朝から、氷河の望むものが城戸邸を訪ねてきてくれていた。
嬉々として闘いに臨んだ氷河は、しかし、すぐに、相変わらず手応えのない敵に不機嫌になった。

そして、既に戦意も戦う力も失っている敵を更にいたぶろうとする氷河の姿は、瞬の目にはただの残酷としか映らなかったのである。

「氷河、もうやめて! この人、死んじゃうよ!」

氷河を押しとどめようとする瞬の腕を、氷河は乱暴に、そして恐ろしく素早く振り払った。
「殺すために闘っているんだろう。瞬、おまえだって」
責めるように、しかし、なぜか後ずさりしながら、氷河が瞬に言う。

「違うよ! 僕は……」
「アテナのためだとか、地上の平和のためだとか奇麗事を言うつもりか? 人が闘うのはいつも、自分が生き延びるためだ」

氷河の言葉は、軽蔑だけで形作られていたが、瞬がもし、目を閉じてその言葉を聞いていたならば、彼の声音に苦渋が混じっていることに気付いていたに違いない。

「氷河……」

しかし、人は、目を閉じて他者の言葉を聞くことは滅多にないのである。
恋人と夜を共にしている時以外には。


「おい、氷河っ! その言い草はないだろ! 瞬は、おまえを心配して……」
今回も、敵に蹴り一つ入れることさえさせてもらえなかった星矢が、その代わりと言わんばかりに氷河に食ってかかる。

「やかましい。関係のない奴は引っ込んでろ」 
「なにっ !? 」

敵が静かになったと思ったら、今度は仲間割れである。
案外、星矢も、氷河のせいで敵と闘わせてもらえない現状に苛立っていたのかもしれなかった。

「星矢、そのへんでやめておけ」
仲裁に入った紫龍にまで、星矢は食ってかかった。
「だって、ひでーじゃないか、瞬は氷河のために言ってるんだぜ!」

「氷河も瞬のために闘っているんだ」

「へ?」

突然、理解できない言葉に出会った星矢は、虚を突かれた格好で、怒りの矛先を向ける方向を見失った。






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