夜はそれで不安を忘れて過ごせる。 しかし、昼間は、神の使いにはすることもなかった。 で、氷河は、――おそらくは瞬の不安を一時でも忘れさせるために――瞬に仕事を課した。 つまり、瞬にアムハラ語の教師の役を割り振ったのである。 そして、彼は、ほんの2、3日で、片言の日常会話ならこなせるようになってしまった。 「日本語ほど難しくないぞ」 生まれのせいで、ロシア語と日本語がこなせる上に、一時期ロシアでの共用語に近かったフランス語もこなす氷河には、言語に関する構えというものがなかったのかもしれない。 あっさりとそう言い放つ氷河に、瞬は、少々脅威を感じていた。 氷河の使用言語が増えるということは、これから、その言語を用いたシャレや嫌味を聞かされることになるということである。 シャレや嫌味が通じないと、氷河はすぐ不機嫌になる性癖があった。 氷河の中には、『シャレや嫌味が通じない=馬鹿』という図式があるのだ。 「氷河は、どうして僕だったの」 と尋ねると、悪びれた様子もなく、 「馬鹿とは恋を語れないだろう? おまえは響きがいい」 と答えてくるような男なのだ、なにしろ、氷河は。 氷河の求める“利口”は、『成績がいい』とか『知識が豊富である』というようなこととは別のことらしかったが、瞬は自分の利口さがどれほどのものなのか、皆目わかっていなかった。 氷河は満足しているようだったから、この程度でいいのだろうとは思っていたのだが。 そして、氷河は、言葉よりも別のことを望むことの方が多かったのだが。 |