砂漠の中に立ち並ぶ大理石の列柱。
黄昏の色の太陽と空に鮮やかに縁取られた大帝国の残骸を見やり、氷河はジープの運転席に腰掛けたままで、列柱の道の前に立ち尽くしている瞬に声をかけた。

「確かに美しいが、今は本当に残骸しか残っていないんだろう。絵葉書きや写真集で十分じゃないか」

ダマスカスからシリア砂漠を4時間もぶっ通しでジープを運転させられて、氷河は少々うんざりしていた。
早く、ホテルの部屋のベッドに横になりたかったのだ。

瞬は、しかし、いくら急かしても、美しい廃墟の前を立ち去ろうとしない。



パルミラの遺跡は、のどかな地中海性気候のギリシャのアクロポリスなどとは違い、砂漠のど真ん中にある。
観光客に媚び、そのせいで荒らされてきたアクロポリスより、はるかに荘厳で清冽なその姿は、これまでずっと人を拒んできた都市だからなのかもしれない。
神のための神殿であるアクロポリスより、人々の生活の場であったパルミラの街の方が、より強烈な聖性を備えていた。


日中の強烈な陽射しと乾燥を避けて、夕暮れの散策に出てきていた観光客たちも、それぞれのホテルや車に戻っていった。
しかし、血のように赤く染まっていた大理石の列柱が、闇の中に白く浮かびあがるようになってもなお、瞬は、その廃墟から目を逸らそうとしない。

星は美しく、降るようにきらめいていたが、アクロポリスのようにライトアップされているわけでもないパルミラの廃墟は、もはや肉眼では識別できなくなりかけているというのに。


「瞬、おまえ、ゼノビアが嫌いなんだろう。そんな女王の造った街を、いつまで眺めてるんだ」
それでも、瞬のために車のライトを点けてやりながら、氷河は半ば呆れたようにぼやいた。


『僕、嫌いなんだ、ゼノビアって人。しなくていい闘いを起こして、たくさんの人を死なせて……。どうして、そんなことができたんだろう。ローマの属国になるのが、そんなに嫌だったのかな』
パルミラに向かう車の中で、瞬は繰り返し、彼女の起こした戦いの無謀を責めていたのである。


では何故、俺たちはパルミラに行くんだと、氷河が問うと、瞬は微かに首をかしげた。

『だって、行かなくちゃ。僕たち、呼ばれてるもの』





瞬は、相変わらず廃墟の前から動かない。

ジープのラジオからは、砂の国に不釣合いなシャンソンが流れてきていた。



   空が崩れ落ちて 大地が壊れても
   私は恐れない どんなことでも

   愛が続く限り 固く抱きしめて
   何もいらない あなたの他には







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