パルミラのホテルと言っても、遺跡に隣接しているわけではない。
遺跡の横に、たとえ同じ大理石でできているにしても、現代的なホテルがあったら、興醒めというものである。
遺跡から数キロ離れた町の外れ、しかし、その間に遮るもののない砂漠のホテルは、全ての客室から遺跡が一望できることを売りにしていた。


深更とまでは言えないが、それに近い時刻にチェックインした氷河は、砂漠の横断で疲れているはずの瞬が自分を求めてくるのに、少々驚いたのである。
が、これが、瞬の我儘をきいてやった代償だというのなら、悪くない褒美ではあった。

乾いた砂漠に囲まれた、高級ホテルの一室。
繁栄を極めていた頃のパルミラ王宮も、こんなふうだったのかもしれない。

誇り高い男勝りの女王を抱く王のような気分で、氷河は瞬を組み敷いた。

氷河の愛撫に、瞬はいつもより反応が良い。
というより、応える仕草や声が大胆で奔放だった。


「ゼノビアの“あなた”というのは誰だ。彼女の夫か?」
柔らかく、だが、さらりとした感触の瞬の脚の線をなぞりながら、氷河が瞬に尋ねる。

固く閉じていた瞼をうっすらと開いた瞬の答えは、どうしてそんなことを氷河が訊いてくるのかと焦れているようなそれだった。
氷河の唇の熱のせいで、少し、喘ぎも混じっていたが。

「あ……彼女の夫……彼以外に…オデナイト2世以外に誰がいるの。ゼノビアは、それ以前も男勝りな妃で、武装して戦場に出ていたらしいけど、夫が暗殺されてからの彼女は、パルミラをローマから守るために……あ…っ!」

自分から振った話題ではあったが、こういう場面で他の男の名など口にしてほしくない。
氷河は、瞬の喉に噛みつくようなキスをした。

少しのけぞるように反らされた瞬の喉の線の滑らかさ。
その儚さに、氷河は感嘆した。

――その白い喉に触れている右手にほんの少し力を込めれば、瞬の命はすぐにも消え去り、氷河は永遠に瞬を自分だけのものにできる。
しかし、瞬は決して氷河にそれをさせない。
この繊細で美しく儚いものが持つ、氷河の胸の底深くに隠されている強い独占欲を殺してしまうほどの、信じ難い力。


ゼノビアも、彼女の夫に対して、同じ力を持っていたのだろうか。

武装して、戦場を駆け巡る妻。
抱きしめる時には、か細く柔軟で従順な恋人。
愛しく思わせる力、愛を誘い、愛さずにいられないその眼差しと、眼差しの見詰めるもの。
困った恋人だと思いながら、彼女の夫も、ゼノビアの我儘をきいてやらずにはいられなかったのかもしれない。



――パルミラの女帝ゼノビアは、事を処するには聡明着実、細心大胆。
起居振舞いは堂々としており、時に応じて寛大であり、厳格であった。
彼女は教養豊かな女性で、数か国語を操り、司教や哲学者とも交流があった。
兵士達と共に騎乗し、指揮官となり兵士達に演説した。
気高く、類稀れな美貌と、射るような黒い瞳のまなざしは、部下の兵士達を魅了した。
狩猟を好み、勇気は男にまさったといわれる――


パルミラ遺跡のパンフレットには、ゼノビアへの褒め言葉が、デパートのバーゲンのちらしもかくやとばかりに溢れかえっていた。


その聡明な女帝が、大国ローマに楯突いた。
国力の差を考えれば、到底無謀な挑戦だったというのに。






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