「あの子には何の罪もない。あの子はまだ幼く、戦に出たこともない。私やあれの兄が戦に出る時には泣いてばかりいた。そんな子を我らの戦いの犠牲にはしたくない。それ故、逃がすのだ」

「ご長子殿は」
「あれの兄は既に死んでおろう」

ワラキア公国の第一公子は、3日前に、プクレシュティに迫ってきたトルコ軍を討つために公宮を出ていた。

「余やあれの兄は仕方がない。この国を守るため、謀略と裏切りの限りを尽くしてきた。既に神も我等のことは見放しておられよう。しかし、あの子には――シュンには、何の罪もない」

ワラキア公は――おそらく、最後のワラキア公は――、北の国の血を引く異国の騎士に、第二公子の無垢を繰り返し繰り返し訴えた。

「父君兄君と国を一度に失くしてしまっては――生きるための支えが要りましょうな」
「……そなたが教えてやってくれ。国も親族も失ったものが、何を支えに生きていくのか。復讐か、諦めか、それとも――」

「――それらを打ち砕く力です」

「…………」

その答えを聞いた落城の城の主は、彼の幼い公子の身を、ただのひと雫もワラキアの血の入っていない異国の騎士に託す決意をした。


「それ以外に、あの子に似合う力はない。ヒョウガ、あの子を守ってやってくれ」


ワラキア公宮の――それは、そのままワラキア公国の――崩壊の時が間近に迫っていた。






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