欧州の東の果てに位置するワラキア公国は小さな国である。 キリスト教国とは言っても、国教はカソリックではなく、コンスタンティノープル大司教を長と仰ぐ東方正教会。 ローマ法王を長とするカソリックの西欧諸国とワラキア公国の間には、カルパチア山脈の高い峰々と深い森が横たわっている。 西欧諸国の人々――自らを文明人と称する者たち――から見れば、ワラキアは、未だ神秘と不思議な伝説と魔の残る、野蛮な未開の国だった。 西欧の者たちには、魔の力がついていると思いでもしなければ、小国ワラキアが強大なオスマン・トルコに長く対抗できていた不思議を納得することができなかったのである。 冷徹と残虐で知られるワラキア公。 公の後嗣である、血にたぎったような第一公子。 澄んだ水のような面差しの第二公子。 未開で野蛮な国の君主と後継者たちが、趣は異なるにしても、魔に魅入られたような美しさを持ちあわせていることが、その噂に信憑性を持たせていた。 ワラキアには魔がついている――と、西欧の人々は信じていたのだ。 |