グラード財団の医療センターにある心理療法科。

優しそうな壮年の心理療法士が、僕の中に巣食う矛盾を解いてくれた。


「素人の仕業のようだが、暗示の域を超えた催眠術がかけられていました。素人が催眠術を使うのは少々危険を伴う行為ですから、かけた人間に心当たりがあるのなら、厳重に注意して、禁じた方がいい」

「そんなに簡単にかけられるものなんですか、催眠術というのは」

「催眠術というものは、心身双方のリラックスと意識の集中、そして被験者と術者の間に信頼感があれば、素人にでも存外簡単にかけられるものなんですよ。素人がかけたものなら、おそらく瞬くんは――」

僕にかけられた暗示の内容をすべて聞き出してしまった療法士は、僕をちらりと見やってから、ひっそりと言葉の先を継いだ。

「その術者をよほど信頼していたんでしょう」



――そうだ。
僕は、氷河を信じてた。
誰よりも誰よりも信じてた。


「後催眠効果というのがあるんです。催眠状態から覚めた後で、何らかの合図によって再び催眠状態に引き戻すというものです。瞬くんの彼の場合は、『おまえに罪はない』という言葉で催眠状態になるように、暗示をかけられていました。その……どういう訳か、催眠術をかけた術者を憎み、自分の罪悪感を忘れるように――」

「それは……普段は催眠術をかけられてることを自覚できていなくて、そのキーワードを言われた途端に、突然催眠状態に戻るということですか」

「そうです、ですから、悪意のある人間は決して……」





『おまえに罪はない』


紫龍と療法士の会話は、もう僕には聞こえていなかった。

僕は思い出した。

僕が、どれだけ氷河を好きだったか。
――どんなにどんなに氷河を好きだったか。


そして、氷河がどんなに僕のことを思っていてくれたのかを。






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