噂に高い絶世の美女の住まいは、小野の里。
少将の住む深草の里からは一里ほど離れたところにあった。

深草の少将の位は四位、藤原氏の流れを汲んでいない家の貴族としては相当の身分ではあったが、なにしろ世は藤原氏全盛、他家の者が容易に政の重職に就ける時代ではない。
近衛少将の官位は頂いていたが、大してすることもなく、領地からあがってくる見入りで食うにも困らず。

そんなノンキな身分の貴族の常に洩れず、少将は、これまで“恋”で暇潰しをしてきた。
しかし、それも、二十歳を過ぎれば、いい加減に飽きてくる。

貴族の娘はどれもこれも似たりよったり、どれを食べても同じ味。
顔や性格、教養の程度に多少の差こそあれ、深窓の姫君には越えることのできない限界というものがあるようだった。

(これからは、中流の娘の時代になるのかもしれないな。とにかく、貴族のお姫サマ方は普段運動をしてないから、体に弾力がない)

これから百年も後に書かれる源氏物語を先取りしたようなことを考えながら、運動不足解消のため車輿にも乗らず徒歩でやってきた小野の里。

さすがに、参議まで登りつめた小野篁の子息の構える邸だけあって、少将の深草の邸より一回りは規模が大きい。
もっとも、それは少将には好都合だった。
邸が広ければ広いだけ、警備の隙も増える。
姫君の許に忍び込むには、その方が何かと便利なのだ。






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