氷河は翌日から、百夜通いを始めた。

夜というには明るすぎる時刻に小野の邸に来て、乙夜の頃までは、瞬と猫の氷河と共に過ごし、夜が更けた頃に小町の示した場所に向かう。
夜、まともに横になれないのは少々辛かったが、それは氷河には大した苦にはならなかった。
疲れた振りをしてみせれば、心配した瞬が翌日の夜まで氷河を小野の邸に泊めてくれたし、氷河の本当の目的は百夜通いの達成などではなかったから、彼には気負いというものもなかったのである。

氷河の目的は、無論、瞬と過ごす時間だった。


「どうして、あんな人のところに通うの」
「謎を解きたいから、かな」
「謎?」
「美しさというのは、謎だよ」
「……小町を見たこともないくせに」
「瞬の半分でも美しいなら、絶世の美女だろう」
「美しさなんて、いつかは失われてしまうものだよ」
「小町のあの歌のように?」
「…………」

瞬は可愛かった。
そして、氷河が思っていた以上に聡明でもあった。

「あの歌は……花のことを歌ったのでも、容色の衰えを歌ったのでもないの。一生懸命生きなきゃ、今を精一杯生きなきゃ、後で後悔することになるんだって、そういう歌なの」
「一生懸命に、ね。できれば正直にも生きたいものだ」

「氷河……」

瞬の不安そうな眼差しに気付かない振りをして、氷河は猫の氷河の喉を撫でながら、白猫に言った。
「おまえは、本当に正直だな。毎日土産を持ってくる俺に、あっと言う間に懐いてしまった」

氷河の直衣の袖に爪を立てながら、白猫は悪びれる様子もなく、にゃあんと正直な返事を返してきた。






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