氷河が御簾をあげると、そこに十二単をまとった姫君はおらず、代わりに、夜目に仄かに浮かびあがる桜色の狩衣を着た瞬がいた。
瞳を涙で濡らして。

「声でわかる。いくら姉弟でも、あそこまで同じ声で、同じ調子で喋りはしないだろう」

決して瞬を責めるつもりはないのだということを伝えるために、氷河はできる限り穏やかな声音で瞬を諭した。

瞬が、顔を伏せたまま、左右に首を振る。
「違うの……!」

「ん?」

「僕には、姉君なんていないの」

瞬の膝の上で重ねられた二つの拳は、白くなるほどきつく握りしめられているのに、ひどく力無く見えた。

「小町なんて、最初から存在しなかったの……」






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