「目には目、命には命、死には死。氷河、そう思ってるの? 馬鹿げてるよ、そんな考え」 氷河の眼の包帯を外しながら、瞬は苛立った口調でそう言った。 ポセイドンとの闘いが終息したばかりの頃には、それでも優しく気遣わしげだった瞬の看護の手も、氷河の傷が快方に向かうにつれ、乱暴になってきている。 「包帯、もういらないみたいだね」 用意してきていた新しい包帯を、氷河のベッドの脇のナイトテーブルに置いて、瞬はベッドに座っている自分の患者の上に、再び視線を戻した。 「氷河が彼に自分の目を差し出したって無意味なの。それで彼の目が元に戻るっていうのならともかく」 「無意味でも、そうせずにいられなかったんだ」 瞬に逆らうことの無謀を知ってはいても、つい反抗してしまう。 案の定、瞬の反撃は容赦がなかった。 「氷河はいつもそう! 氷河のマーマもカミュもアイザックも、氷河のせいで死んだんじゃないの。氷河のために死んだの。彼等の死に、氷河は何の責任もないんだよ! だのに、氷河はいつまでも彼等の死にこだわって、彼等が氷河に本当に望んでいたことを叶えるための努力もしない……!」 「…………」 何を、彼等が自分に望んでいたのか、氷河にはわからなかった。 「死んだ人だけじゃないよ!」 氷河がまだわかっていないことに気付いた瞬の口調は、ますます刺々しくなっていく。 「氷河が傷付くと、僕も傷付くの。氷河が悲しむと、僕も悲しいの。氷河が苦しい時は、僕も苦しい。わかってる? そういう人間のために、人は自分を大切にしなきゃならないんだよ。幸せにならなきゃ、幸せになるための努力をしなきゃならないの。それは人としての義務なの」 「…………」 「自分を愛してくれる人のため、愛してくれた人のため、そして、それは、自分のためでもあるんだから」 なぜそんな簡単なことが理解できず、そして実践できないのかと、瞬は氷河に焦れているようだった。 「……俺を嫌いな奴は、俺が不幸でいる方が幸せになれるだろう」 氷河がそう言って思い浮かべたのは、瞬の兄の顔だった。 「そんな人のためにも、氷河は幸せにならなきゃならないの!」 それは確かに意趣返しにはなる。 「俺が俺を嫌いだったら――」 「それは、そんな氷河を好きでいる僕を侮辱する行為だね」 「…………」 瞬の唇は饒舌である。 しかも、容赦がない。 それは熱くなまめかしい口付けを交わす時と同じように、よく動く。 瞬にキスを教え込んだのは氷河の方だったのだが、瞬はあっと言う間にキスの味を楽しむ術を自分のものにしてしまった。 「僕を、氷河を憎んだり軽蔑したりする側の人間にしないでね」 棘を満載させている時にすら可愛らしく映るのだから、瞬の“にっこり”は質が悪い。 馬鹿な真似をした男の部屋を出ていこうとする瞬を、氷河は引きとめた。 「俺はどうすればよかったんだ。あの時、アイザックに」 この勝気な唇から、氷河は、優しい言葉の一つでも手に入れたかった。 |