「たまには気の利いたセリフとか言わねーと、そのうち、瞬に愛想尽かされるぞ、氷河」

自分に理解できないことは、間違ったことである。
星矢にとってはそうだった。

「星矢、そういうことは言わない方が……」
どうやら氷河は、その手のセリフを言えないから言わないでいるのではないらしいと悟った紫龍が、星矢を止めようとする。

が、それは、一瞬早く、氷河の声に遮られた。
「言葉で伝えられるものなら、とっくに言っている。言葉が俺の気持ちに追いついてこないんだから、仕方がない」

氷河の言葉に、瞬がまた頬を上気させ、紫龍はまた瞳を見開く。
そして、相変わらず、星矢だけがわかっていなかった。

「でもさー、言わなきゃわかんないもんだろ。誰かに惚れてもさー、『好きだ好きだ』って思ってるだけじゃ伝わんねーし、行動で示すにしたって、何にも言わなきゃ、それが好意からしてることなのか、他に損得勘定あってのことなのかわかんねーじゃん」

「俺は、そんなこともわからないような馬鹿には惚れん」
少し語調がきつくなったが、それでも氷河の視線は本のページの上に据えられたままだった。

「おまえは、瞬と瞬以外の奴とで態度がもろに違うからわかりやすいけどさ、じゃあ、瞬の方はどうだよ?」

そう問われて、氷河は本のページから視線を離し、初めてまともに星矢を見た。
どういう意味だと、視線で問い返す。

やっと氷河の意識を自分に向けることができたことで、気を良くしたらしい。星矢は、楽しそうに氷河を挑発し始めた。
「瞬はさ、おまえじゃなくても、誰にでも人あたりいいし親切だろ。好きだって言われなきゃ、自分が瞬にとって特別かどうかもわかんねーし、勝手に、自分は瞬に好かれてるんだって思い込む奴もいるかもしれねーじゃん」

が、星矢のその言葉を聞いて瞳に不安の色を宿したのは、氷河ではなく瞬の方だった。

「そんな奴は俺が殴り倒して、身の程を思い知らせてやる」
そんなことかと言わんばかりの態度で言下に言い切った氷河に、星矢が呆れた顔になる。



「しかし、おまえの神は、『始めに言葉ありき』な神様だろう」
使えるものなら、なぜ使わないのかと、これは紫龍の素朴な疑問だった。
1世紀も前の日本男子ではあるまいに、現代は、『沈黙は銀・雄弁が金』の時代なのである。

「俺の神は、瞬の下位に位置する」
涜神の極みの言葉を無表情で言ってのけるあたり、氷河は大物だった――ある意味では。

氷河の断言を聞いた紫龍が、アメリカ人のジョークなど足元にも及ばない氷河の“本気”を、これ以上聞いてはいられないとばかりに、食後の挨拶をする。
「ご馳走さま。もう満腹だ」


「え? 何がだよ???」

星矢だけが、相変わらず何もわかっていなかった。






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