以前はそうではなかった。 氷河にとって、瞬は、北の国の人間が憧れる春そのものだった。 見ているだけで幸福になれた。 自分のものにしたいとも思った。 だが、やがて、氷河は春の力の強大さに気付いてしまったのだ。 瞬は、いつの間にか、氷河の周囲の根雪を溶かし、今では冬のかけらは氷河の足元にしか残っていない。 少しずつ少しずつ、瞬は氷河を侵食し、氷河から何かを奪っていった。 瞬に奪われた“何か”が何なのか、氷河は未だにわかっていなかったが。 だが。 そのうちに冬は春に飲み込まれてしまうだろう。 “何か”は、やがて“全て”になる。 それだけは、感じ取れた。 その時を待っていたはずなのに、抗いたい。 自分を見失ってしまいそうな自分自身をも、氷河は怖れていた。 「来い」 氷河が命じると、氷河を支配しつつあるものは、素直にその言葉に従った。 |