時折、春を見詰めている苦しさから逃れるために使っていた小さな隠れ家の中で、春に抗うように瞬を抱く。 瞬の溜め息が、春に共鳴して割れ始める流氷の小さな叫びのように、狭く静かな部屋の中に満ちていく。 それで春を支配しているような気分でいられるのは、だが、最初のうちだけだった。 やがて、氷河は、瞬の体温の心地良さに、瞬の身体の心地良さに、溺れ、呑み込まれそうな錯覚に襲われ始める。 瞬は温かい。 瞬は暖かいのだ。 春を殺そうとして刺し貫いた途端に、氷河は、自分の方が瞬の中に溶けてしまうような恐怖心にかられた。 「どうして抵抗しないんだ。俺にこんなことをされてるのに」 「氷河がどうしてこんなことをするのか、わかってるから」 「俺がおまえを愛しているとでも?」 「今は違うみたい」 氷河は、瞬のその言葉に、針で胸を刺されるような痛みを覚えた。 「俺はおまえを愛してないのか」 「大丈夫だよ。僕は氷河を愛してるから。愛してあげるから」 そう囁いて、瞬が、頼りないほどに細く見える腕で、氷河を抱きしめようとする。 また瞬の体温に溺れてしまいそうな予感を覚え、氷河はその腕を振りほどいた。 「僕に――愛してほしいんじゃなかったの?」 瞬は、何故か嬉しそうに微笑して、そう尋ねてきた。 「…………」 氷河自身にもわからない氷河の苛立ちの訳を瞬は知っている――らしかった。 「……そうだと思っていた。おまえに愛されて、おまえを俺のものにできたらどれだけいいだろうと、俺はずっと思っていた――」 だから、こんな北の果てに連れて来て、誰にも邪魔されないところで、有無を言わさず瞬を自分のものにしたのだ。 瞬は抗わなかった。 口を突いて出そうになる抵抗の言葉を無理に噛み殺して、瞬は氷河を受け入れた。 まるで、冬を呑み込む春の大地のように。 「でも違ったの?」 「…………」 違った――のだろう。 でなければ、この苛立ちの理由がわからない。 |