それから、2ヵ月後。 明日には、城戸邸の青銅聖闘士たちがグラード学園高校の寮に生活の場を移動させるという日。 「沙織さん、大変ですっっ !! 」 彼等の門出を祝いに城戸邸にやって来ていた沙織の許に、某龍星座の聖闘士が息咳きって飛び込んできた。 「どうしたの、紫龍?」 「やはり、ご存じなかったんですね」 「何を?」 「これを見てください」 そう言って、彼が沙織の前に差し出したもの。 それは、グラード・マガジンズ社発行の一冊のハードカバー本だった。 タイトルは、『ラッキョウを食べて、いい男になる』――。 沙織は、それを一目見るなり、ぽかんと口を開き、そのまま口がふさがらなくなってしまったのである。 その書籍は、タイトルの馬鹿らしさはともかくも、表紙がものすごかったのだ。 すなわち、その本の表紙を飾っているものは、アンティークの椅子の背に肩肘をつき、夏目漱石風に格好をつけた氷河のどアップ写真――だったのである。 「今日、本屋に行ったら、この表紙と同じポスターが店内にべたべたと貼られていたんです。で、この本が新刊の棚に平積みになっていて、若い男女が先を争うように買って行っていました。まあ、女性陣の目当ては、本よりも、購入の際にもらえる氷河のポスターのようでしたが……。俺は最後の一冊をなんとか手に入れてきたんです」 「…………」 沙織がその本のページを繰ると、そこには、ラッキョウの栄養素と効能――特に酢漬けにしたラッキョウの効能が、異様に拡大解釈されて羅列されていた。 曰く、 昔は薬用として用いられたラッキョウには、硫化アリルやフラクタンが含まれ、疲労回復や心臓の機能向上、脂肪の燃焼に効果があり、 ――ここまでは事実であろう。 精力の増強に欠かすことができず、肌を美しくし、 ――ここまでは目をつぶってもいい。 ラッキョウを食べ続けたおかげで、著者はこの美貌と精悍な肢体を手に入れた。 ――はっきり言って、嘘八百。 言葉もない沙織に、紫龍が疲れたように呟く。 「発売日から1週間しか経っていないんですが、これは既に第3版です。初版20万部、第2版50万部は完売したそうです」 ――『世も末』とは、こういうことを言う――のだろう。 |