「あの……マフィンがあるんですけど、いかがですか?」

翌日の放課後、理科実験準備室で、瞬が氷河にそう言ってマフィンを差し出したのは、もしかしたら、兄のせいでアンパンを食べ損なった彼への詫びの気持ちもあったかもしれない。

が、差し出された氷河は、薄いピンクのパラフィン紙で包まれたそれを一瞥すると、
「腹が減っていない」
の一言で、受け取り拒否。

「あ、でも、おいしいんですよ。甘いもの嫌いな兄さんも、僕のつくるおやつだけは、いつも綺麗に食べてくれるんです」
遠慮しているのかと思い、もう一度勧めた瞬に、氷河はついとそっぽを向いてしまった。

「あの……」
氷河のそういう態度に、瞬は不安になってしまったのである。
彼からアンパンを奪った男の弟ということで、もしかしたら、自分は彼に嫌われているのではないか、と。

「気にすんなよ、瞬。腹が減ってる時は、俺を殴り倒してでも食らいつく野郎だから」
自分の分のマフィンを食べ終えた星矢が、氷河に差し出されていたマフィンを横から奪い取る。

「グータラなライオンみたいなもんだ。腹が減ってる時だけは勤勉に狩りに励む」
「腹が減っていないのにがっついても仕方があるまい」
「はいはい、過剰な食物摂取やグルメ志向は人間の悪癖。氷河サマは生体維持と運動のためにエサを食い、食い物にうまさなんか求めない。そんなものは生きるのに必要なことじゃないんだったっけ?」

瞬には恐いばかりの氷河を、紫龍と星矢は軽くあしらってしまう。
二人にからかわれても、怒った様子は見せない氷河を見て――相変わらず無愛想ではあったが――、彼が恐いのは表面上だけのことで、必要以上に恐れる必要はないのだと、瞬は自分に言いきかせた。

悪い人間ではないのだ――おそらく。

「……生きるのに必要な……? じゃ、女の子とかはどうなんですか?」
気を取り直して、瞬は、彼に、素朴な疑問を投げてみたのである。

「…………」
「…………」
瞬のその言葉に沈黙したのは凍りついたのは、しかし、氷河ではなく、星矢と紫龍の方だった。

氷河は、ぎろりと瞬を睥睨し、顔を歪めた――つまりは、反応を示した。

「おい、瞬……!」
「だって、女の子にすっごくモテそう。綺麗でカッコよくて」

瞬には、無論、他意はない。
心底から、そう思っているのだ。

「あー……瞬。いくら顔が良くて、頭が良くて、一見クールな二枚目風でもだな。女は変人は避けるもんなんだよ」
「そうそう。こんな奴が女にモテると思ったら、大間違い」

「そうなんですか? なんか、もったいないですね」

紫龍や星矢の言葉を言葉通りに受け取った瞬は、人事ながら残念というように、小さく肩をすくめた。






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