「何なんだ、おまえら」

購買部でコーヒー用の水を買ってきてくれと頼まれた瞬が準備室を出ていくと、氷河は、残った二人に向き直ったのである。
瞬に席を外させるために、紫龍が瞬を使いに出したのだということは、察するまでもないことだった。

が、氷河に言いたいことがあるのは、当然、星矢と紫龍の方だったのである。

「あの瞬に! 必要な時にテキトーに女を調達している馬鹿がいるだの、その馬鹿にほいほいついてく女が世の中にはごろごろ転がってるなんてこと、言えるわけないだろ! おまえ、瞬の前ではモテない男で通せよな!」
「瞬は、オンナノコってのは優しくて可愛いもんだという幻想を持ってるからな」

兄の一輝ならともかく、星矢と紫龍のその過保護ぶりに、氷河は呆れてしまったのである。
「女より可愛い顔してるくせに」

「ほう。芸術音痴だと思ってたら、審美眼はあるんだな」
紫龍が、氷河の言葉に皮肉に感心してみせる。
「それでなくても、ウチのガッコはアブない趣味の男共が多いからな。一輝に瞬のガードはしっかりしろと堅く言いつけられている」

「おまえも変なちょっかい出すなよ。瞬は、あの一輝が風にも当てないようにして育てあげた、温室育ちの花なんだから」
悪い虫はすぐに退治されるのだと匂わせて、星矢は氷河に釘を刺した。

が、氷河は、その釘を怖れるような男でもない。
「あの野郎は、腹を減らしていた俺から、食い物を奪った」

「アンパンの恨みを瞬で晴らそうなんて考えるなよ。瞬は──おやつくれって言うと、大抵すぐにくれる、いい奴だから」

星矢や紫龍が、そして、一輝でさえも、小さい頃から瞬に頭があがらなかったのは、何よりもそのせいだった。
家の中でゲームに熱中するタイプの子供ではなく、外を走り回って遊ぶわんぱく坊主だった彼等には、彼等の後をついてくる瞬が持っているおやつとバンドエイドに、いつも助けられていたのだ。

「気はきくし、優しいし、滅多に怒ったりもしないし、怒るどころか声を荒げたりすることもないし、宿題も見せてくれるしさー。俺がこんな偏差値高いガッコの入試に受かれたのだって、瞬が勉強の面倒みてくれたからだしな。瞬は、俺が生きてくのには必要な存在なの。瞬に何かしたら、たとえ相手がおまえだって、俺は許さなねーからな!」
「右に同じ、だ」
ちゃらんぽらんとシニカルを体現したような二人に、珍しい真顔を見せられて、氷河は軽く目を眇めた。

「……ああ、そういえば、貴様等は早くに母親を亡くしたんだったな……」

彼等が瞬に何を求めているのか――そんなことを詮索するのは、氷河が生きていくのに必要なことではない。

「俺の邪魔さえしなければ、俺は何もせん」

氷河は、それだけ言うと、長椅子にごろりと横になった。






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