それから数日が経ったある日の休み時間、氷河は学校の廊下で瞬に会った。 音楽室から教室に戻る途中だったらしく、瞬は、氷河でも知っている某大作曲家の肖像画が表紙に印刷されているテキストを抱えている。 たまたま、その時、氷河は空腹だった。 『瞬は、おやつくれって言うと、大抵すぐにくれる、いい奴だから』という言葉を思い出した氷河は、ものは試しとばかりに、瞬に言ってみたのである。 「食い物をくれ」 「はい?」 突然、学校の廊下でそんなことを言われたというのに、瞬は驚いた素振りも呆れた表情も見せなかった。 「おなかすいてるんですか? こんなのしかありませんけど……」 と言った瞬の制服のポケットから出てきたのは、クランチ・アーモンドがまぶされたスティックパイ。 それも、どう見ても市販のものではない。 「本当に出てくるとは思わなかった」 瞬から手渡されたスティクパイに、かしゃりと歯を立てると、氷河はその場で回れ右をした。 購買部まで足を運ぶ必要がなくなったのである。 氷河は、この幸運な収穫物に満足し、そのまま、何の説明もなく、すたすたと廊下を戻っていった。 おかげで、氷河のその後ろ姿に、瞬の方が首をかしげることになってしまったのである。 彼自身が生きていくのに必要ではなくても、他人を煙に巻かない程度には言葉を支出しないと、誰よりも当の本人が他人に誤解されることになるのではないかと、瞬は、氷河の身の上を心配した。 |