肩で一つ、大きな息を吐いて、一輝は諦めたようにYシャツの胸ポケットから、一枚の紙片を取り出した。

「ここに行け」
「え?」
「おまえに何かあったら連絡をくれと、奴が置いていった。奴の母親が、奴を生む以前にしばらく暮らしていたことのある土地らしい」
「兄さん?」

一輝は、いつの日かそれを瞬に手渡す日が来るのだろうことを覚悟して、いつも持ち歩いていたのかもしれない。
瞬に手渡されたその小さな紙片は、使い古された紙幣のように角が磨り減ってしまっていた。

「どうして、兄さんに?」

沙織でも星矢でも紫龍でもなく一輝に、氷河がそれを託した訳が、瞬には理解できなかった。
弟のためになら、他の人間が1人2人傷付こうが絶望しようが無視しきるだけの意思を持った“兄”。
氷河は、事あるたびに瞬を助けにくる瞬の兄を嫌っていた。


「俺が、おまえの兄だからだろう」

矛盾してはいるが、納得できる答え。


一輝の差し出した紙片には、信州にある高原の避暑地の住所が記されていた。






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