「ああ、くそっ!」

失ったはずの利き腕に、幻肢痛が走る。

手にしていた暖炉用の薪を庭に散らばしてしまった氷河は、いつまで経っても失ったものに慣れてしまえない自分自身に苛立ちを覚えた。

取り落とした薪を拾いあげようとした氷河は、そして、そこに、春の面影を見つけた。

夏場にだけ賑わう避暑地の冬。
町の中心部から遠く離れた林の奥まったところにあるその家は、孤独な山小屋そのものだった。

そんな、人の訪れのない場所にも、季節は巡ってくる。
残雪の間から黒い土が顔を覗かせ、そこに、白く小さなはこべの蕾が頭をもたげかけていた。

健気でありながら強く可憐な花は、氷河の失った腕とは違うところに別の痛みを走らせた。

春が来ると、なお一層鮮やかに思い出される面差しと声。
避けているのか、逃げているのか、待っているのか、追っているのか、そんなことすらわからなくなるほど、いつも側に感じているあの眼差し。


ふいに、冬の終わりのしんとした高原の空に、気の早いひばりの高らかな歌が響き、その声に弾かれるようにして、氷河は空を見上げた。
そこにある空は、既に灰色を帯びた冬の空ではなかった。


「春が来るな」

また、あの切ない季節が来るのだ。

「……瞬」

痛みを感じるほどに眩しく明るい空から、暗く沈んだ眼差しを守るための涙が、一瞬、氷河の瞳を覆った。






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