消えたファラオ


〜 まきちさんに捧ぐ 〜







「実は……」
例によって、紫龍の口調は無意味に重々しかった。

「――俺のタイムマシンを改良してみたんだが」

「…………」
「…………」
その先は聞かなくてもわかっていた。

わかっていたので、氷河は聞こえない振りをしたのだが、瞬の沈黙は氷河とは少し意味合いの違う沈黙だったらしい。
瞬のそれは、紫龍製作の恐怖のタイムマシンの披験者にされるのを怖れたからではなく、行ってみたい時代があるからこその沈黙だったのだ。

少しの間、考え込む素振りを見せてから、瞬は、
「それって、紀元前27世紀のエジプトにも行けるのかな?」
と、紫龍に尋ねた。

「おい、瞬!」
前回のタイムトラベルでとんでもない目に合ったのを忘れたのかと、氷河は瞬を問い詰めようとしたのだが、瞬の瞳は既にどこかの時代へと飛んでしまっているように輝いていて、氷河はついうっかり瞬のその横顔にみとれてしまったのである。
みとれた、その一瞬が命取りだった。


もちろん、瞬は、以前の時間旅行で、自分たちがどんな目に合ったかを忘れていたわけではない。
氷河が己れの全体力と全気力及び全小宇宙を使いきって、世界の七不思議の一つ、バビロンの架空庭園を造りあげたことを、瞬はもちろん憶えていた。

――苦労したのは、氷河だけだったことを。


「僕ね、昨日、古代エジプトの謎について書かれた本を読み終えたとこなんだ。その中に消えたファラオの謎っていうのがあったんだよね。で、今、その謎の答えをすっごく知りたい気分なんだ」
「消えたファラオ?」
くだらないタイムマシンなどを作ることに血道をあげてはいても、実は歴史などにはあまり興味がない紫龍が、瞬に尋ね返す。

「うん。20世紀の中頃にね、サッカラで、未盗掘の階段ピラミッドが発見されたの。石棺室は埋葬当時のままで、当然、石棺があって――でも、その棺を開けてみたら、中はからっぽで、使用されたあともなかったんだって。不思議でしょ。金でできた豪華な副葬品はそのままなのに、王の遺体だけがなかったなんて。ちゃんと、第三王朝セケムケト王のものだって記録も残ってるのにだよ。僕、その訳を知りたいんだ」

「瞬……」
そんなことに興味を抱いている暇があったら、仲間たちの妨害に合って一向に進展しない二人の仲の心配でもしていてほしい――というのが、氷河の偽らざる気持ちだった。


だが、瞬にとっては、自分の生きている今現在という時代の不都合より、数千年も昔の悠久の謎の方が、よほど魅惑的なものだったらしい。

不満顔の氷河に向き直って
「ね、氷河も、その謎を解明したいよね?」
「む……」

『俺はそんなものに興味などない!』
――と断言できたら、どんなにいいだろう。

瞬の輝く瞳の前で、氷河はその言葉を喉の奥に押しやることしかできなかった。

「では、今回も期間は1週間ということで、時代は紀元前――」
「紀元前2643年」
「紀元前2643年だな。よし、乗っていいぞ」

そんな大昔の、しかも砂漠の国に瞬一人を送り出し、まだ一度も触れさせてもらっていない若い命と身体をミイラになどされてしまってはたまらない。
氷河は、今回も、しぶしぶ瞬のお供をすることにした。

――せざるを得なかった。






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