「ここが砂漠の真ん中にある町だなんて嘘みたい」

王宮の庭には、背の高い樹木だけでなくたくさんの花々も咲いていた。
サフランやスミレ、色とりどりのバラ。
花の香りと緑なす陰。
とても砂漠の中の国の光景とは思えないほどに。


上下エジプトの王を連れて、食堂から庭に出た瞬は、豊かな緑の中で深呼吸をした。
横目でちらりと若い王を盗み見ると、日本の春と夏が一度に訪れているような風情の庭の中で、この庭の主の顔は冬の曇天のように曇っている。

瞬は、困ったように微笑して、自分と大して変わらない背格好の王様に尋ねてみた。
「あの……。下種の勘繰りだったらごめんね。もしかして、あなた、イアフメスさんが好きなんじゃないの?」

瞬に問われた小さな国王が、途端に泣きそうな顔になる。
瞬には、彼がふいに、自分より一回りも二回りも小さく、幼くなったように見えた。

「僕、最初から王の資格なんてないんです……。ずっとイアフメスに守られていたいって思ってるような、女々しい人間なんだから……」

そう告げると、王はぽろぽろと幾粒もの涙を花の上に降らせた。

全く話題に上らないところを見ると、この少年王には、父はもちろん、他に頼れる肉親もいないらしい。
神格化されるほどの名宰相の治世の次代を幼い身に任され、有力な家臣たちには一方的に敵と見なされている中で、このか弱い王が唯一信頼できる人物を愛することを禁じることは、誰にもできるものではないだろう。

「そんなふうに考えるのはよくないよ。誰かに守られていたいって思うことは、ちっとも女々しいことなんかじゃないもの。自分もその人を守ってあげたいって思っているのなら。……そうでしょ?」

「そうでしょうか……。僕、イアフメスの負担になることしかできなくて、いつも迷惑ばかりかけてるんです。イアフメスは実の兄に逆らってまで、僕を守ってくれているのに、僕はイアフメスに何にもしてあげられないんです」

仮にも一国の王なら、家臣の奉仕と忠誠を当然のことと受け止めていても、誰も──下僕当人でさえ──文句を口にしたりはしないだろう。
王や神である前に、一人の人間として存在するらしいセケムケトに、瞬は好感を持った。

「そんな悲嘆することないよ。イアフメスさんが不利益を承知で王様の側にいるのは、彼が王様を好きでいるからに決まってるし」
「……それは……」

歳若い王が、言葉を澱ませる。

おそらく、彼は自分の忠臣の思いを知っているのだ。
しかし、その思いを受け入れることは、王たる資格を失うことに続くということも知っているせいで、二人は互いに触れ合うことすらできない――でいるらしい。

「ああ、そういうこと……」

瞬は、神たる王の恋の難しさに、ひっそりと瞳を曇らせた。






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