「で、貴様はどうなんだ」

瞬と王のボディガードは、二人を二人だけで散歩させておくわけにはいかなかった。
邪魔にならない程度の距離をおいて二人の後についてきていた氷河は、畏れ多くも神に心を寄せられている道連れを振り返って尋ねた。

やにさがり、にやついていていいはずの神の下僕は、実年齢だけなら7、8歳は年下の氷河の言葉に、まるで心臓に剣でも突きつけられたような表情になった。

「わ…私にはそのような……。王は神です。王は永遠の命をお持ちです。それを私ごときが奪うなど、許されようはずが――」

後の時代のエジプトでは、すべての人間が不死の魂を持つという信仰が広まり、王に限らず、貴族も市民も自分の遺体をミイラとして保存するようになる。
不滅の魂が蘇った時の器を確保するために。

しかし、この時代にはまだ、そういった考えはない。
不死の存在は神だけ、神の化身である王だけということになっていた。
神に選ばれた王が、王として死んだ時にのみ、その者は永遠の命を授かる。
王以外の人間の命と魂は有限で、身体の死と共に空しく消え去るのである。

「ふん。永遠の命を、あんたの可愛い王様が欲しがってるかどうか聞いてみたいもんだ」

氷河はそんなものを欲しいと思ったことは、ただの一度もなかった。
器だけが美しいままに残り、口を聞いてもくれない北の海の母に花を捧げ続けていた氷河は、やがて彼女の心が存在するのはそんな海の底などではないということに気付いたのである。

気付かせてくれたのは、他ならぬ瞬だった。


(俺が欲しいのは瞬だろうか――生きている瞬なのか?)
イアフメスには皮肉に言い切ってみせたが、氷河自身は、自分が何を求めているのか、何を求めて、自分の心が瞬に向いているのかを、あまり考えたことがなかった。

おそらく、自分が求めているのは、自分を幸福にしてくれた瞬の幸福で、その幸福に自分が関与すること──なのだろう。

瞬に、
『氷河がいてくれるから、僕は幸せでいられるんだよ』
そう言ってもらえたら、それだけで自分自身がどれだけ幸福になれるのか、氷河には想像もつかなかった。

だからこそ、氷河は、求められているのがわかってるのに与えないイアフメスの臆病さが気に入らないのかもしれなかった。

自分の不甲斐なさを棚に上げて、氷河は、あからさまに、王の下僕に対する態度を倣岸なものに変えた。

「貴様にとって、あの子は神か」
「も…もちろんだ」
「貴様が守ってこなかったら、とっくにどこぞの男に汚されて、神ではなくなっていただろう無力な子供だぞ」
「そんなことはない! セケムケト様は私の心を支配していらっしゃる」
「そんなのは、ただの恋と言うんだよ。それが神だと言うのなら、瞬だって俺の神だ」

人は、神に裁きと情けを求めることはあっても、恋をしたりはしない。

「あの子が欲しがっているものは、多分、永遠なんかじゃないぞ。だいいち、不幸な永遠は永劫の苦しみでしかないだろうが」

違う神を信じる男の言葉が、王の下僕の心にまで届いたのか、その表情を窺い見るだけでは、氷河には判断しきれなかった。






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