「俺には全くわからん。永遠の命だの不死の魂だの、そんなものをなぜ有難がるんだ、この国の奴等は」 

その夜、氷河と瞬に与えられた部屋は、城戸邸の倍以上高いところに天井のある、大理石の柱に支えられた広い部屋だった。
時折、日本の初夏のそれに似た風が、ナイル川の方から漂ってくる。

「そんなこと言ったって、今の時代の人たちと僕たちとじゃ、価値観が違うんだから……。僕たちの価値観を押しつけるのはよくないよ」

「しかし、俺ならとっとと押し倒してるぞ。相手がそれを望んでくれてるのなら」
「嘘ばっかり」
「嘘なもんか。おまえが望んでくれているのなら、俺は今ここででも……」

軽口の応酬を楽しんでいるだけのつもりだったのに、瞬が何も言い返してこないせいで、二人の間の沈黙が少し重いものになる。

他人の恋路に気を取られ、うっかり失念していたが、騒々しい仲間たちのいる城戸邸と違って、ここには邪魔者はいない――のだ。

「…………」
この雰囲気を拒む何かを、瞬が口にするのかと、氷河はしばしの間待ってみた。

考えるまでもなく、この場を支配しているのは瞬である。
どうしてこの時代のエジプトの人間は、攻撃的行為をする側に支配力があるなどと、馬鹿げたことを考えたのだろう。
人を支配する者は、いつの時も、受け入れるか否かの決定権を持っている方だというのに。

瞬の返事は、相変わらずの沈黙で返ってきた。
本当に、瞬はそれでいいと言ってくれているのだと確信するのに、更に数刻。

氷河はごくりと息を飲んで、目の前にいる瞬の腕に手を伸ばした。
触れても、瞬は逃げない。

「瞬……」

最後のどんでん返しがあるのかと、臆病なほどに怯えながら、瞬の身体を抱きしめ、ゆっくりと、唇を瞬のそれに近付ける。

瞬のまぶたが閉じられる様がスローモーションで氷河の視界をかすめ、あと数センチで、ついにその唇を味わえる! というところで、二人の耳に微かな悲鳴が聞こえてきた。

どう考えても、その悲鳴はこの国の王のものだった。

「くそっ !! 」
口惜しい限りだが、聞こえてしまったものを無視するわけにもいかない。
自分に聴力のあることを心底から疎ましく思いながら、氷河は瞬と連れ立って、王の居室に駆けつけた。






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