――二人は、乾燥した砂漠の上にいた。

二・三キロ先に、人工の建物が密集して建っているのが見える。
紫龍のタイムマシンの性能を信じるなら、今は紀元前六世紀。
そして、氷河たちの目に映っているのは、新バビロニア帝国の首都、バビロンの町――ということになる。

「架空庭園は、バビロンの都にあるネブカドネザル王の王宮にあるはずだよ」
必要最低限の説明をして、瞬がバビロンの町に向かって歩きだす。

「お…おい、瞬、待て!」
氷河は慌ててその後を追った。

瞬はまだ“氷河のせいで、ご機嫌ななめ”を引きずっているらしく、後ろを振り向こうともしない。
氷河と視線を合わせるのを避けるようにただ前だけを見てバビロンの町を目指す瞬に、氷河は溜め息をついた。

とりあえず、“返事を要すること”を話しかけてみる。
「…おまえ、何だってバビロンの架空庭園なんかが見たいんだ? バビロンの架空庭園なんて、民衆の苦難のたまものだろ。我儘な王のために虐げられた国民の恨みの声が聞こえてきそうな代物じゃないか。きっと、その庭を建造するために幾人も人死にが出たに決まってる。そんなもの、わざわざ見物に行くことはないだろーが」

「……!」
氷河にそう尋ねられた瞬は、一瞬、氷河を睨みつけた。
そして、だが、すぐに唇を噛んで目を伏せる。

瞬はそれまで、架空庭園建造のために艱難辛苦を嘗めさせられた民衆の嘆きになど考え及んだこともなかった。

瞬はただ、
「僕……庭を見たいんじゃなくて、ネブカドネザル王とアミティス王妃を見たかっただけだよ…」
――だったのだから。


バビロンの架空庭園は、緑と水の豊かな山国メディア王国から、平坦で雨の降らないバビロニアに嫁いできた愛妻アミティス王妃の心を慰めるために、ネブカドネザル王が造ったもの、とされている。
王宮の広場の中央に百数十メートルに及ぶ高さの段状の建造物を建て、土を運び樹木を植え、河から水を汲み上げて造られた壮麗な庭は、まるで空中に浮かぶ庭園のように見事なため、バビロンの架空庭園、または、空中庭園と呼ばれており、エジプトの大ピラミッド、アレクサンドリアの大灯台、ロードス島のヘリオスの巨像等と並んで、フィロンの世界の七不思議の一つに数えられている。

「二十世紀にはもう残ってないから、僕、想像図でしか見たことないけど、ネブカドネザル王があんな綺麗な庭を造ってあげたいって思った彼の奥さんって、どんな素敵な人だったんだろう…って思っただけだったんだ…」

「……おまえ、ンなことで……」
氷河は、続く言葉を見付けられなかった。

そんなどーでもいいことのために、瞬は、あの危険極まりない紫龍の作った機械に自分の命を預けてもいいと思ったというのだろうか。
だとしたら、それは、恐るべき大胆さ、恐るべき度胸である。

氷河は思わず深く長い溜め息を洩らしてしまった。







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