瞬の説明によると。

瞬の実の母は、あの貫禄親父の正妻ではなかったらしい。
瞬を産み落とし、その産褥で亡くなった。

瞬が生まれた時、正妻にはまだ子がなかった。
江戸時代からの男尊女卑の家風が根強く残っている城戸家では、法律がどうあろうと、家を継ぐのは男子と決まっており、その時懐妊中だった正妻は、いずれ自分が産み落とす我が子のために、瞬を女児と偽った。

が、実は、その時には、正妻には知られていなかったが、瞬には母を同じくする兄が既にいて認知もされていたのである。
そして、瞬の誕生の半年後、正妻は子供を流産し、次の子を望めない身体になる。

当主は、しかし、子を産めなくなった正妻を離縁するようなことはしなかった。
城戸家の跡継ぎとしては、既に瞬の兄という男子がいたし、実母を失った子供たちには母親が必要だと、瞬の父親は考えた――らしい。

「義母は、僕を女子と偽ったことで良心が咎めたのか、望めない自身の子の代わりに、僕には優しくしてくれました。実の母のない僕にとっては、義母こそが本当の母なんです」

一言も恨みがましいことを口にしない瞬に、氷河は最初は違和感を覚えた。
そういうもの――なのだろうか。この極東の国の人間の心理は? ――と。
「だからと言って……。ひどい話だな」

「義母は父にこのことが知れるのを恐れています。父は――城戸家では――女性はつつましく控えめにというのがモットーなのですが、当然、男子は男らしくなければならなくて、何よりも男の尊厳を重視するんです。自分の血を引く男子が、こんなふうだなんて知ったら、父は卒倒しかねません」

「卒倒くらいさせればいいだろう。いくら何でも不自然だ」
何よりも――今、自分の目の前にいる少年が、つつましく控えめなヤマトナデシコと言われても自然に感じられることが、不自然である。
言外で、事実を告げるべきだというニュアンスを含ませた氷河の言に、瞬は左右に首を振った。

「父は……癌で、余命幾許もないんです。氷河様をお呼びしたのも、僕と氷河様の縁談をまとめて、安心して逝きたいから――なのだと思います」
あの壮健そうな男がと驚く間を氷河に与えず、瞬は、突然、それこそ畳に額を擦りつけんばかりに氷河に頭を下げてきた。

「どうか、騙されていてください。そして、あの、ず……図々しいお願いだということは百も承知なのですが、父の前では、僕を気に入っている振りをしてくださいませんでしょうか」






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