「…………」

布団の上に胡坐をかいていた氷河は、右の腕を伸ばし、瞬の顎を捉えて、その顔をあげさせた。
そして、上体を起こした瞬の、ほんのりと染まった頬と、潤んだ瞳を凝視する。

「……俺には、だが、信じられない。君は本当に男なのか? 女にしか見えないというわけではないが、まるで男には見えないぞ」
それが侮辱なのか賛美なのかは、その言葉を口にした氷河自身にもわからなかった。

だが、これ以上はないほど適切な線で描かれた瞬の面差しがやわらかい印象を持ち、その肌が恐ろしく滑らかなことだけは、誰にも否定できない事実だった。

「あ……あの……」
氷河の青い瞳に映った自分の姿に戸惑ったように、瞬が、視線を頼りなく泳がせる。

それから、瞬は氷河の前に膝を進め、氷河の手を取って、その手を自分の着物の襟の内側へと誘い込んだ。
瞬の頬は、真っ赤に染まっている。

が、瞬の行動に仰天したのは、むしろ氷河の方だった。
(おわ〜っっ !!!! )

確かに、そこには、瞬の年齢の女性なら当然あってしかるべきふくらみがなかった。
恥ずかしそうに睫を伏せている瞬に、らしくもなくどぎまぎして、慌てて手を引こうとした氷河の指先が、瞬の胸の突起に触れる。

「あんっ……!」
聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声だったが、瞬のその声は、氷河の心と身体を刺激するのに十二分な力を持っていた。

「わ……わかった! 君を気に入った振りをすればいいんだな!」
自身の狼狽を誤魔化すために、氷河はわざと大声をあげた。

「氷河様……ありがとうございます!」
恥ずかしそうに着物の襟を整えてから、瞬が再び氷河に深々と頭をさげる。
そのまま、瞬は、まるで氷河と視線を合わせるのを怖れるかのように、廊下に面した障子の方に身を引いていった。

「あ、では、お疲れのところ、お邪魔して申し訳ございませんでした。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」

さすがに、添い寝のサービスまでは期待できないらしい。
部屋から出ていこうとする瞬を、氷河は呼び止めた。
「瞬……さん」
「瞬で結構でございます」

「……辛くはないのか?」
何よりも、氷河はそれが不思議でならなかった。
こんな不自然な現状を甘んじて受け入れてしまえる瞬の心情が。

「父も義母も――別に家を構えている兄も、僕を愛してくれています」
「…………」

この事実を、瞬の兄は知っているのだろうか。
知らないのかもしれなかった。
知っていたら、実の弟がこんな目に合わされているのに黙っているはずがない。

瞬の家族たちが、瞬を愛しているというのは事実なのだろう。
だが、瞬の父親が愛しているのは、真実の瞬ではない。
瞬の義母が愛しているのも、瞬の兄が愛しているのも、真実の瞬ではない。

それでも構わないと、瞬は言うのだろうか――?

「そうか……。じゃあ、君を愛しているというその人間たちの中に、俺も入れておいてくれ」
なぜか、尋ねたいことを尋ねることができず、氷河は、つい、いつもの癖で軽口をたたいた。

「氷河様……」
ヤマトナデシコは、口説き文句を投げかけられることに慣れていないらしい。
真っ赤になって、まるで兎を捕らえる罠から逃げるように、瞬は氷河の部屋を出て行ってしまった。


いちいち氷河に恥じらいの表情を見せるヤマトナデシコは、当人がその効果の程を自覚していないだけに、氷河の心身を刺激する。
出会って数時間も経っていない婚約者に――男の婚約者に――、氷河の身体は爆発寸前だった。






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