朝食は、昨夜のような膳でも和卓でもなかった。
この純日本風の家屋にも、一応、洋間――ダイニングルーム――があった。

「いつもは座敷で食べるのだが、氷河くんが正座に慣れていないだろうからな」
氷河の真向かいの席に着いた瞬の父は、一応、異国人である氷河に気を遣ってくれているらしい。

余裕で10人は腰掛けられる白檀のダイニングテーブルの席に着いているのは、この家の当主と氷河だけだった。
「瞬は?」

氷河が、瞬の名を呼び捨てにするのを聞くと、瞬の父は目に見えて機嫌が良くなった。
「我が家では、女たちは男たちの給仕を済ませてから、次の間で食べることになっている」

(げ……)
今時、信じられないほどの男尊女卑である。
瞬がいつの間にか、氷河の掛けている椅子の斜め後ろに立っていた。
氷河の給仕をするためらしい。

「氷河様……あの……洋食の方がよろしかったでしょうか……?」
「あ、いや……」
「どうした、瞬。氷河くん、瞬が何か失礼を──」

先程の拒絶が後を引いているのか、瞬の口調は昨日にも増して遠慮がちである。
ふたりのぎこちないやりとりを見咎めた瞬の父が、上機嫌の顔を僅かに歪めて、氷河に尋ねてくる。

へたなことを言うと、瞬が叱られることになるのかもしれないと考えて、氷河は慌てて事の次第の説明をした。
「あ、いや、着替えの手伝いを遠慮したんです。その――そういうことに慣れていないので」

途端に、瞬の父が破顔する。
「ああ、瞬。おまえにはわからないかもしれないが、若いうちは、男は朝には色々大変なんだ。手伝いを断られた時には、素直に引きなさい」
「は……はい。あの、私が何か粗相をしたのでは――」
「違うっ!」

朝の食卓に、氷河が大声を響かせる。
その声に驚いた瞬は、それでなくても大きい瞳を見開いた。

「氷河くんは、案外、おまえが気に入ったから、そんなことになったのかもしれないぞ、瞬」
「え?」

瞬には説明せず、城戸家の当主は、ひとり呵呵大笑した。
それが余命幾許もない病人とは到底信じられない明るさだった。






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