その日は、瞬の案内で、いわゆる銀ブラをすることになった。
買い物が目的なのではなく、とにかく城戸の家人のいないところで、ふたりきりで話をすることが、氷河の――おそらく、瞬も――目的だった。

迎えの時刻を運転手に告げて家に帰すと、瞬と氷河は、とりあえず、瞬の父が所有しているという銀座のビルのティールームに落ち着いた。

瞬は着物を脱いで、洋装になっている。
さすがにスカートは穿いていなかったが、それでも女に見える──というより、男に見えないのは、瞬の所作が女らしいからというよりは、いつもどこかに恥じらいを含んでいるようなその表情のせいなのだと、その時になって、氷河は気付いた。
それが、どうにも男心をくすぐる代物なのである。


「本当は──義母は何度も父に本当のことを言おうとしてくれたんです。無理があるでしょう? 男の僕が女子校に通うなんて。何か問題が起きたら大変ですし」
「…………」

言おうとしたことがあったにしても言っていないのだから、つまり、瞬は女子校に通っているということなのだろう。
卒業間近ということは、優に3年近く、何の問題も起きなかった――らしい。
驚くべき事実である。

氷河の驚嘆を察して、瞬が小さく苦笑する。
「僕は、女性は、使用人以外には、父に従うばかりの義母しか知らなかったので、女子校に入ったせいで、女性に対する夢は崩れてしまいましたけど、それ以外は平穏に過ごしてきました」
「…………」

「でも、突然、父が、氷河様のお話を持ってきて、これはもう観念して本当のことを言うしかないと覚悟したんです。でも、同時に病気のことを知らされて――」
事実を言えなくなった――のだろう。

「本人に告知はしてあるのか」
「僕と義母は、そのことを父から知らされたんです」

「元気そうに見えるが」
「父は、女に弱いところを見せるなんて男の沽券に関わると考える人なんです。おかげで、家族も取り乱さずに済んでいます」

時代錯誤な男尊女卑にも一利はある――ということだろうか。
男が女より威張っているために、男は女よりも強くあらねばならない。

「しかし、不便だろう。本当の自分でいられないのは」
「僕、いつも本当の自分でいました。無理をして何かを我慢したこともないんです。これが、財産目当てに男の振りをしているとでもいうのなら、良心に呵責を感じて、話は違ってきていたと思いますが」

瞬は、あくまでも現状を肯定する。
氷河には、その前向きとも取れる姿勢が、必ずしも瞬にとって良いことだとは思えなかった。

「だが、プールとか、学校での健康診断とか……」
「肌が陽光に弱いと言って水泳の授業は避けることができましたし、健康診断は、他県の病院で個人で健診を受けて、診断書を提出する形で何とかしてきました」
「しかし、他にも――」
「不便だったのは……思いっきり駆けっこができなかったことくらいです。どうしたって、僕の方が女の子たちより速いに決まってるから、全力は出せないんです」

事も無げに瞬は笑ってそう言うが、それが無理をしているということだと、氷河は言ってしまいたかった。

「瞬……」
氷河が口にしようとしている言葉を察したのか、瞬が氷河の機先を制する。
「氷河様がお優しい方で良かった。僕と義母は心配してたんです。氷河様には本当のことを言わないわけにはいかないし、でも、それで脅迫されたらどうしよう……とか」



実は、氷河は――瞬を脅迫したくて、うずうずしていた。
氷河が求めるものは、無論、金品などではなかったが。






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