父親の企みがショックだったのか、瞬はその日、ずっと自室に閉じこもっていた。
瞬が氷河の部屋にやってきたのは、夜も更けてからだった。
氷河は、瞬が来るのをずっと待っていた。

氷河の部屋に入るなり、瞬は畳に両手をついた。
「すみません、氷河様。まさか、こんなことになるなんて……」

自分のせいではないことで罪悪感に支配されているらしい瞬の謝罪を、氷河は無視した。
そして、言った。
「瞬。俺と駆け落ちしないか」
「え?」

「おまえは、俺と結婚はできないんだろう。だが、このままこの家にとどまっていたら、いずれはそういうことになる。だから、俺と」

氷河は、至って真面目だった。
本気だった。

「駆け落ちしよう」

今更、瞬と離れるつもりなどない。
ヤマトナデシコだろうが、ソメイヨシノだろうが、チューリップだろうが、恥じらうように咲くこの花に、氷河はすっかり魅入られてしまっていた。

「氷河様……矛盾してます……」
つつましい可憐な花が、戸惑いの混じった眼差しで氷河を見詰める。

「矛盾してようが何だろうが、これでは騙し討ちだ。この家では、父親も母親も、お前の気持ちをまるで無視している」
「僕の幸せを願ってくれてのことなんです」
「それが間違っていると言ってるんだ。おまえの幸せが何なのかを知っているのは、おまえだけのはずだ」
「氷河様……」

何か反論があるのなら言ってみろと言わんばかりの形相の氷河に、瞬が力なく項垂れる。
「僕には……主体性がないのかもしれません。僕にとっての幸せは、家族や……僕の周囲の人が幸せでいることなんです」

「それで?」
氷河は苛立っていた。
父の為し様に怒りを露わにしない瞬の代わりに怒っているような――そんな部分も、氷河の中にはあったかもしれない。
だが、それ以上に。

「僕は、なるべく、父と義母の望むようにしていたい」

やはり、真実の自分自身を表出させることをしない瞬当人への苛立ちが、氷河の怒りの大部分を占めていた。

「俺は?」
「え?」
「おまえが幸せでいてほしい“周囲の人間”の中に、俺は入っているのか?」
「も……もちろんです」

「──俺の幸せは、おまえが幸せでいてくれることだ。さあ、幸せになってみせてくれ」
「氷河様……」

他人の幸せを優先させることを美徳と教えられてきたヤマトナデシコの上に、氷河は、あえて冷たい雪を降らせた。
「俺の幸せが何なのか、おまえは知っているのか? 自分を幸せにできるのは、自分だけだ。他人の幸せが自分の幸せだというのなら、おまえはそのために、自分から何かをしなくちゃならない。でなかったら、それは、いつまで経ってもおまえ自身の幸せにはならない」


氷河の厳しい口調に、瞬は苦しそうに眉根を寄せた。






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