銀行の本社ビルの前の広場に、申し訳程度に作られている公園のベンチ。

そこに、力無く項垂れるようにして腰掛けている細い身体の学生を見つけた氷河は、彼に声をかけずにはいられなかった。
――というより、むしろ、氷河は、彼を追いかけて、面接後の雑事を済ませるや否や、1階に向かうエレベーターに飛び乗ったのだ。


氷河に名を呼ばれると、彼は、氷河の金髪を見上げて、一瞬眩しそうに目を細めた。
彼の瞼と睫は、その一瞬後には、ひっそりと伏せられてしまったのだが。


「僕、やっぱり駄目なんでしょうか……」
「む……」

氷河が答えを渋ると、瞬はすぐに不採用と察したらしかった。

「学校は良かったです……。頑張って勉強さえしてれば、親がいないこととか、自宅通勤できないこととか、そんなことに評価が左右されることもなかった……」

「いや、君の場合は……」
言いかけて、氷河は、続く言葉を喉の奥に飲み込んだ。
顔が綺麗すぎ、優秀すぎるから不採用なのだとは、さすがに言いにくい。

「まだ……不採用が決定したわけではない」
「いいんです。ほんとのことおっしゃっても」

どうやら、この顔が綺麗すぎ、優秀すぎる求職者は、これまで不採用の通知ばかりを受け取ってきたものらしい。
その目許に、諦めの色に覆われた力無い笑みを浮かべた。

「国家公務員試験に受かっているんだろう? 企業側も気楽に落とせるわけだ」
「あ、書かない方がよかったんでしょうか」

「…………」

面接を通らないのも当然のことだ──と、氷河は思った。
彼は――瞬は、まるで企業対策というものを練ってきていない。

「本当は、厚生労働省で社会福祉関係の仕事に就きたかったんですが、今年は、そちらへの配属はないそうなので、民間企業で福祉事業に力を入れているところを探したんです」

「そういう理由で、この銀行か……」

確かに、この銀行は、その規模だけでなく、社会福祉活動に力を入れていることでも名を知られていた。
各種施設への毎年の寄付金、社員のボランティア活動支援、文化事業への出資等々。

だが、それは、経営陣や社員にボランティア精神の発達した者がいるからでも何でもない。
単なる節税対策と、コマーシャリズムの一環なのである。
ある程度の規模の企業になると、その手の社会的活動は義務になり、この銀行はその義務を喧伝しながらしでかしているというだけのことなのだ。
決して、福祉活動に力を入れているわけではない。


「まあ、いずれ配置転換ということもあるかもしれないし、この不況下、一つでも行き先があるのなら行っておいた方が利口だろう」
「…………」

これで外務省や法務省に配属されたら、瞬にとっては不本意の極み──ということになるのだろう。
そこが、日本でも数えるほどの学生しか至ることのできないエリートコースへの門だったとしても。

「世の中には、どこにも引き取り手がなくて途方に暮れている求職者がいっぱいいる。贅沢は言わないでいた方がいい」
「はい……」

氷河の忠告に頷きつつも、瞬の肩は力無い線を描いた。

「そんなに落とされてきたのか」
「……職種の選択を間違えてると言われたりしました。……どういう職種が向いているのかと尋ね返したら、芸能界か水商売だって……」

「一人暮らしなのか」
「はい」

では、瞬には、面接に落ちたことを慰めてくれる家族もいない――ということになる。
気を遣われなくて気楽な部分もあるかもしれないが、氷河には、瞬は慰めの手を欲するタイプのように思われた。

「両親は」
「亡くなりました」

面接の続きと思っているのか、瞬は素直に氷河の質問に答えてきた。

退社時刻になり、オフィス街のあちこちのビルから、今の瞬から見れば、一社会人として働いているというだけで尊敬に値する会社員たちが吐き出されてくる。
氷河は、瞬に、場所を変えることを提案し、瞬は素直に誘いに乗ってきた。






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