翌朝、氷河が、ソファベッドで目覚めると、瞬は既に起床していた。
目は開いていたが、意識が明確なのかどうかは、氷河にはわからなかった。

朝の光の中で、見知らぬマンションの部屋の、自分のものではないベッドの上に上体を起こし、瞬は呆然としているようだった。

「城戸くん……瞬でいいか」
「は……はい……?」

「酔いは醒めたか?」
問われて、瞬は、やっと、昨夜のことを思い出したらしい。

「す……すみません! すみません! 僕……やだ、なんでこんなこと……!」

随分とサイズの違うパジャマを着せられていることに気付いた瞬が、ますます混乱していく様が、氷河には手に取るようにわかった。


「歩けるようなら、送っていこう」
「あ、でも、もうこんな時間。お仕事が……」

時刻は午前9時を過ぎていた。
銀行の開く時間である。


「ああ、俺は、あの銀行の行員じゃない。企業内審査のためにあの場にいたにすぎない」

「え?」
瞬が、氷河のその言葉に驚いたように顔を上げる。
まさか、新卒採用の面接室に、他社の人間が立ち会うことがあるなどとは、瞬は考えたこともなかったのだろう。


氷河は、企業格付け会社の依頼を受けて、企業内の不正・不都合を探ることを生業とする調査員だった。

企業の格付けは、普通は、金融監督庁に認定を受けた指定格付機関に、企業が各種資料を提出し、その資料をアナリストが分析することで決定される。
が、その判断材料である資料はあくまでも調査される企業側が作成提出するものであり、粉飾が可能。
企業が、書類には出てこない問題点を抱えている場合もあるだろう。
そこを探るのが、氷河の仕事だった。

氷河は、指定格付機関に籍を置いているわけではないが、立場的には指定格付機関からの派遣ということになっている。
企業の格付けは、会社の社会的信用と業績を左右するものだけに、氷河を迎え入れる側の企業は、金融監督庁の監査員を遇する以上の好待遇で、氷河を遇するのが常だった。






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