グラード財団の総帥は、いっそ芸術的と言って差し支えないほど綺麗に、事故の件を揉み消してくれた。 最初のうちは小言を言っていたが、運転していたのが俺ではなく瞬だったと聞いてからは、俺にも何も言わなくなった。 俺は事故以前と同じように瞬を避け、そして、互いに口をきかない数日が過ぎた。 瞬が俺の部屋を訪れたのは、事故から1週間ほどが過ぎた日の午後だった。 邸内から人のいなくなるタイミングを見計らっていたらしい。 思い詰めた目をした瞬に、また俺が瞬を避けている訳でも訊かれるのかと思ったが、瞬は、もうそんなことは尋ねてこなかった。 代わりに、瞬の唇から発せられた問いかけは、 「氷河、僕を殺したいって、本気?」 ――だった。 「冗談でそんなことが言えるか」 「じゃあ、殺していいよ」 瞬は、まるで朝の挨拶でも口にするかのように、そう言ってのけた。 「…………」 瞬が何を言っているのか、俺は最初はわからなかった。 瞬は、命というものを誰よりも大切に思っている奴だし、だから、その言葉が言葉通りのはずがない。 それが、瞬を抱いていいということだと理解できるまでに、俺は1、2分の時間を要した。 理解に至ったその時に、だが、俺は、一瞬たりともためらいを感じなかった。 こんなに瞬を欲しいと思っていることを、なぜ今まで忘れていられたのかというその事実の方が、瞬の言葉よりも不思議だった。 抱いている間、瞬は俺だけのものだった。 身体も、行為の間は身体の感覚の付随物に成り果てているその心も。 瞬の中の熱さの記憶が蘇ってくる。 瞬の身体の表面を舐め、内側に俺を吐き出し、浸透させることの歓喜。 それを思い出した途端に、俺は頭の中が真っ白になって、そして、気付いた時には、俺は瞬とつながっていた。 あの夜のように、屋外の夜の薄闇の中ではない。 真っ昼間の明るい部屋の中で、俺は、今日は確かめられた。 瞬が俺の下で、喜悦の声をあげ、恍惚の表情を浮かべるのを。 瞬の中は、瞬の心に似ているのかもしれない。 言葉よりはるかに雄弁に、それは、俺を放したくないと訴えてくる。 その激しさに俺は夢中になった。 まるで白日夢のように白い光のあふれる空間で、俺に絡みついてくる瞬の白い身体に、俺は目眩いを覚えた。 それからは――昼と言わず夜と言わず、機会と場所を見つけては、俺は瞬に挑んでいくようになった。 瞬が何を思って、自分を嫌っている(と瞬が思い込んでいる)男にそんなことを許しているのか、俺はその時には考えていなかった。 瞬は――瞬の存在という誘惑は――そんなことを考える余裕を俺に与えてくれなかった。 |