どうして、これほど心地良いのだろう──。
氷河と身体を交えるたびに、瞬はそう思った。

四肢がばらばらになり、息も絶え絶えになるほど攻められた直後にすら、瞬はいつも、全身に力が満ちてくるような感覚を覚える。
残念なことに、それが尋常のことなのかどうかを判断する材料を、瞬は持っていなかったが。

瞬は、氷河以外の人間と肌を合わせたことがなかった。
だから、性交の後には誰もがこんな気持ちになるものなのかどうかも知らない。

その行為の後に、誰の身体もがこれほど満ち足りるのだとしたら、人間は体内に食物を摂り入れる必要はないのではないかとさえ、瞬は思うのである。

幅も厚みも自分の倍はありそうな氷河の胸に頬を押し当てて、その疑念を彼に打ち明けると、
「確かめたいからって、他の奴と浮気したりするなよ」
という、答えになっていない答えが返ってきた。

初めて互いに触れ合った時、氷河の胸にはこれほどの幅も厚みもなかった──と、瞬は記憶していた。
相対的に瞬が小さくなってしまったせいもあって──どうしてこれほど体格差のある相手を自分の中に受け入れられるのかと、不思議に感じられるほど──今の氷河は、瞬にとって“大きい”人間である。

「そんなことはしないけど……。どうなのかな。僕、氷河と、あの……セックスすると、何かが自分の中に入り込んでくるような気がするの」
「その通りだろう。最終的に俺がすることは、おまえの中に──」
「そういう意味じゃなくって!」
頬を赤く染めて、瞬は、子供が大人に甘えるように、氷河を睨みつけた。

なめし皮のように、滑らかだが厚みのある皮膚で覆われた氷河の腕が、なだめるように、裸の瞬の肩を抱く。
瞬の肌は十数年前から変わらずに、子供のそれのように薄く傷付きやすいままで、自分の身体の頼りなさに、瞬はいつも不安を覚えていた。

「僕、やっぱり、どこかおかしい……んだと思う」
「瞬……?」

「僕以外の人は歳をとっていくのに……氷河はどんどん大人になっていくのに……僕だけいつまでもこんなふうだなんて、変なことだもの」
「別に不便はない」

確かに不便はなかった。
二人きりでいる時には。

「早期老化症って病気があるんだって。普通の人の何倍も早く細胞が老化していく病気。僕、その逆なんじゃないかと思うんだ」

「ウェルナー症候群か。あれは、DNAの複製障害と細胞の分裂寿命の短縮が原因で──。おまえの細胞は調べたじゃないか。いたって正常。もう、気にするな」
「でも、あの検査をしたのは、もう5年も前のことだよ。ここ数年で遺伝子学だって相当進歩しただろうし、もう一度検査を受けてみるのもいいんじゃないかと思うんだ」

これまでにも幾度か氷河に相談し、そのたびに退けられてきた提案を、瞬は再度試みた。

「駄目だ。5年前の検査の時だって、学者共はおまえを老化研究のモルモットにしかねない様子だった。あんな奴等におまえを奪われるのは我慢ならん」
氷河の答えは、これまでと同じ――である。

「……うん」

瞬とて、氷河の側を離れたくはなかった。
そんなことになったら、自分は死んでしまうに違いないとさえ思う。
言葉の綾ではなく、本当に自分は死ぬだろうと、瞬は信じていた。
だから、瞬は、自分と氷河を引き離そうとするどんな力が加えられることになっても、その力に抵抗するつもりだった。
その決意は、今も昔も変わらない。


瞬の不安は、それとは別のところにあったのである。

瞬は、自分では、過ごしてきた時間の長さだけ、心は大人になっているつもりだった。
だというのに、姿が子供のままでいるせいで、自分には"大人"の氷河に甘える権利が与えられているような気になり──そして、実際に甘えてしまう。

そんなふうに、すっかり氷河の庇護者の立場に慣れてしまった自分が、瞬は心許なくてならなかったのである。
だが、この姿のままでは一社会人として働くこともできない――というのが、瞬にはどうすることもできない現実だった。






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