紫龍が翌日再度、今度は単身で、氷河と瞬の家を訪れたのは、昨日の星矢を見詰める瞬の眼差しを振り払ってしまうことが、どうしてもできなかったからだった。

吸血鬼などであるはずのない瞬がいつまでも歳をとらないというのは、どう考えても、その身体に異常が――おそらく、細胞の異常が――あるせいなのである。
紫龍は、瞬の身体を医師に委ねることを、氷河に勧めるつもりだった。


瞬は外出していて、家にはいなかった。
これ幸いとばかりに、紫龍は、昨日の客間で氷河と二人きりで向き合ったのである。
それは、瞬の前では話しづらいことだった。


「瞬のあれは、やはり病気なんだと思う。50歳の人間が30歳に見えるのならともかく、30近い瞬が14、5歳にしか見えないというのは、どう考えても異常だ。自然の摂理に反している。吸血鬼と思われても仕方がない」

紫龍の、暗に医者に見せろという訴えを、氷河はまるで真剣に聞いていなかった。
氷河のその態度を無責任極まりないものとしか思えない紫龍が、僅かにいきり立つ。

氷河は、そんな紫龍の前で、短い嘆息を洩らした。

「吸血鬼が生きていくのに必要なのは、血なんかではなく、オド(Od)なんだ」

突然、話を妙な方向に振られて、紫龍は虚を衝かれた格好になった。
それは、昨日あれだけ吸血鬼の存在を否定してみせた男が持ち出してきていい話ではない。
「オド? なんだ、それは」

「人間の身体から発する一種の動物磁気──精気というか、要するに、生命の源泉である気のことだ。血は、その象徴にすぎない。血は霊魂の永生の象徴だからな。ベネズエラの吸血鬼なんかは、狙った犠牲者の精液しか吸わないそうだし、性交によってオドを吸引する吸血鬼もいるそうだぞ」

氷河は、いったい何を言おうとしているのか――。

「血なんか吸わなくても――それどころか、身体に触れたりしなくても、吸血鬼は人間からオドを吸引できる。人間たちは、ほとんど誰も気付いていないんだ。自分が吸血鬼の餌になっていることに」

紫龍には、まるで訳がわからなかった。

「いずれにしても、鈍感な人間共のオドを吸い取って、吸血鬼は永遠に若く、死にも縁がないわけだ」

やがて、氷河が言おうとしていることが何なのかが、紫龍にもわかってくる。

「おい、氷河。それじゃ、まるで、瞬が──」
「誤解するな。瞬が吸血鬼だと言っているわけじゃない」
「当たり前だ!」

昨日とは逆に今日は、紫龍の方が氷河の言葉に憤っていた。






【next】