「氷河……どうしたの?」

瞬は、つい昨日まで一緒に村中を走り回って遊んでいた友人の、氷のように冷たい眼差しに、ひどく戸惑った。

それは、到底、10歳かそこいらの子供が持つ眼差しではなかった。
瞬には、氷河のその目が、世界ができた時からずっと生き続けてきて、そこに存在することがただの習慣になってしまった神か、あるいは、魂の宿っていない人形のそれのように思われたのである。


瞬たちが暮らしているのは、北の国にある小さな村だった。
貧しい国で、貧しい村で、その村に住む人々は皆、豊かさや華やかさとはまるで縁のない暮らしを営んでいた。

広い世界には、人間がまるで蟻が群れるようにひしめきあって暮らしている町もあるのだと、話には聞いたことがあっても、そんな光景は想像もできない。
遠い山の頂に築かれた城に住むという雪や氷の神々や、森の奥に潜んでいる妖精たちの影が、まだそこここに残る、時間に忘れられたような小さな村。

そんな貧しい村に、親を失った子供たちが養われている小さな教会があり、氷河は、そこで、瞬や他の子供たちと生活を共にしている瞬の“仲間”だった。

そして、氷河は、つい昨日までは確かに、多少無愛想なところはあっても、普通の、人間の子供の目をしていた。
長く二人きりで暮らしていた母親を失って、瞬たちのいる教会に連れてこられたその時にも、氷河はこれほど冷たく無感動な眼差しはしていなかった。

昨日までは、晴れた冬の日の青空のような色をしていた氷河の瞳が、今は、決して溶けることのない青灰色の氷のような瞳に変わってしまっていることに、瞬は、怖れの感情をさえ抱いた。



氷河の側には、これまで村の中では見たこともない大人の女性が立っていた。
白く長い寛衣と、その表情を窺うこともできない半透明の白いヴェールが、その全身を覆っている。

この村の人間ではないのだろう。
日々の暮らしに追われているこの村の住人なら、汚れひとつない純白のドレスなど着ていられるはずがない。

長い冬の夜に、村の老婆が子供たちに話して聞かせてくれた雪の女王のようだと、瞬は思った。
その姿は美しいが、朝の光の中に立つにはふさわしくない。

その上、瞬たちの暮らす北の村には、もう春が訪れていた。






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