まるで感情というものを失ってしまったような氷河の冷たい眼差しに戸惑っている瞬に、その白いドレスの女性は、妙に楽しそうに話しかけてきた。

「ああ、この子はね、おまえの心が欲しいんだって。おまえの目を、自分にだけ向けておきたいんだって。そのためになら、自分の魂を悪魔にでもくれてやるなんてことを、夕べ、安易に口にしちゃったんだよ。たまたま、その願いを耳にしたのが、悪魔ならぬ、この私だったというわけ」

「あなたは誰」
その女性の存在は、瞬にとって、氷河の冷たい瞳ほどには恐ろしいものではなかった。
まして、彼女が、自分の仲間に害を為す存在なのだとしたら、怖れてなどいられない。

彼女の言葉が事実なのだとしたら、彼女は、氷河から彼の魂を奪いとった禍々しい神――ということになる。
邪神でないにしても、おそらくは、さして深い考えで言ったのではないだろう10歳かそこいらの子供の戯れ言を本気で叶えてしまうなど、オトナゲナイ神だと、瞬は思ったのである。

「氷河がもしそんなことを言ったんだとしても、本気だったはずがない。氷河を元の氷河に戻して」

明るい空の色をした氷河の瞳。
その瞳に眩しそうに見詰められている時間が、瞬は好きだった。
それを、オトナゲナイ神などに奪われてしまってはたまらない。

いつもの瞬なら考えられないほどにきっぱりとした口調で、瞬は、そのオトナゲナイ神に自分の要求を突きつけた。
瞬には、氷河がそんなことを――仲間の心を独り占めしたいなどという馬鹿げたことを――望む理由がわからなかった。
そんなことを、氷河が望むはずがないのだ。






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