村の外れにある、一面にレンゲ草の咲いている春の野原。

いつもは、その広さと美しさに目を細めるばかりの瞬だったのだが、今日は、その広さと無数に咲く花々の美しさが、瞬の目にはかえって残酷なものに映った。

「お花の陰とかにあるかもしれないでしょ」
それでも、瞬は、挫けそうになる自分に喝を入れて、薄桃色の花々の間に、あの小さな卵の姿を求めてしゃがみこんだ。

氷河は、自分では何をするでもなく、無言で野原の端に突っ立っている。
感情の動きのない氷河のその姿を見ていると、瞬は逆に自分を奮い立たせずにはいられなくなった。

が、花々で埋め尽くされた野原には、一通り見てまわるだけでも、相当の時間を要するだけの広さがあった。
陽が傾き始め、灯りなしには探し物ができなくなる頃になっても、瞬は、野原の半分もまわりきることができずにいた。

そうして、瞬が今日の探索を諦めかけた時、だった。
「こらーっっ !! 親がないのを気の毒に思って、面倒見てやってるのに、何てことしやがるんだーっ !! 」
「だから、誤解だってばーっっ !! 」
瞬と氷河のいる野原に、全速力で星矢が駆けてきたのである。

「せ……星矢、どうしたの?」
花の中に逃げ込んだ星矢に、瞬が尋ねると、彼は決まりの悪そうな顔をして、事の次第を説明してくれた。

「あのおっさんちのにわとり小屋に忍び込んだとこ、見つかっちまってさー」
「にわとり小屋?」
「やっぱ、卵を隠すなら卵の中だろ。あのおっさんちのにわとり小屋が村でいちばん大きいからさー」

「星矢……卵、探してくれてたの」
「ほっとくわけにもいかねーじゃん。こんな奴でも仲間だし」

仕方なさそうにぼやいてみせる星矢を見て、沈みかけていた瞬の心が急に元気づく。
口の悪いこの仲間が、彼のしでかしてくれた不始末が、瞬はひどく嬉しかった。

「僕、行って説明してくるよ。こんなふうでいる氷河を見れば、あの人もわかってくれるよ」
そう言って、氷河の手を取り、人家のある方に向かって歩き出してすぐ、瞬は、今度は、森の方からやってくる別の仲間に出会った。

軽く右の足を引きずりながら森から戻ってきたのは、紫龍だった。

「紫龍、どうしたの? 森に何か用でもあったの」

瞬に問われた紫龍は、少しばかり眉を曇らせて、右脚の膝を押さえた。
「卵だろう? 森の鳥の巣にでも隠されてるんじゃないかと思って、あちこち覗いてみたんだが……」

「紫龍、怪我したの?」
「ああ、ちょっと、登っていた木から着地するのに失敗した」
「紫龍……」

瞬が、仲間の言葉にほろりとしかけたのを見てとった紫龍が、慌てて、幾分引きつった笑みを作る。
「一輝は、山の方に行ってみると言っていたぞ。水晶の採掘場の方」
「あそこは危険だから、子供は近付くなって……」
「俺も一応、止めたんだが、一輝の奴、そんなことを言っている場合じゃないだろうと言ってな――」

「…………」

瞬を泣かすまいとする紫龍の気遣いは、無駄に終わった。
結局、瞬は、その場で泣きだしてしまっていた。
「もう……。みんな素直じゃないんだから……」

その涙は、瞬に泣かれるほど大したことをしたという意識のない星矢と紫龍を困らせるだけのもので、実際、彼等は非常に困ることになってしまったのだった。


その日、夜遅くなってから、瞬の兄は擦り傷だらけになって、彼等の暮らす村の教会に帰ってきた。
自分が何をしてきたのかを、彼は、瞬にも氷河にも一言も告げなかった。



ともかく、氷河の仲間たちは、それからもずっと、氷河の魂が閉じ込められた卵を探し出すために尽力してくれた。
もっとも、その努力のすべてが、無残な結果に終わったのではあるが。

魂のない氷河は、仲間たちの苦労の様子を見ても無表情だった。
彼が邪魔だと思っていた仲間たちが、彼のために苦心している様を毎日見せられても、氷河は嬉しいとは言わず、いらぬ世話だと毒づくこともない――できない。

それが、瞬の目には、かえって辛いことのように見えた。


春は、そんなふうにして過ぎていった。






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