「ほら、答えられないだろ。それって、何も違わないってことじゃ──」
星矢が言い終わる前に、氷河は星矢に殴りかかっていた。

思い切り横面を張り倒されて、一瞬きょとんとした星矢が、次の瞬間、即座に攻撃態勢になる。
「おっ、やるかーっっ!」
氷河が本気で激昂していることに気付いていない星矢は、氷河の所業を食後のレクリエーションか何かと思っているらしく、浮かれた口調で、氷河の挑戦を受けて立とうとした。

が、仮にも聖闘士に、室内でバトルなど始められてしまってはたまっものではない。
瞬は、慌てて、二人の間に割って入った。
「氷河! なに怒ってるの!」

「…………」
瞬に問われても、氷河は何も答えなかった。
それでも、瞬の制止を受けると、氷河はすぐに自らの拳をおろした。

実は、氷河は、自分が本気で怒る理由に瞬が気付いていないことに安堵した──のだった。
恋は、一人ではできないのだから。

思いとどまってくれたらしい氷河の様子を見て、瞬もまた、安堵の胸を撫でおろす。
氷河の激昂の訳がわからないまま、それでも瞬は、星矢に向き直った。
そして、告げた。
「星矢。僕は、星矢が大好きだけど、でも、僕は星矢とそんなことしたくないよ。星矢は、僕の大事な友だちだから」

「…………」
瞬のその言葉を聞いて、氷河が、怒らせていた肩から力を抜く。

今度は、逆に、星矢の方が不満そうに口をとがらせた。
「だって、そうすりゃ、俺は瞬ともっとずっと一緒にいられて、氷河にデカい面されずに済んで――」
「うん。氷河には、僕からちゃんと言っておくから。氷河のために友だちをないがしろにしなければならないようなことを言うなら、僕は氷河を嫌いになるよ……って」

「…………」
どうやら友だちと恋人を同レベルで遇しようとしているらしい瞬に、氷河が少しばかり不愉快そうな顔になる。

氷河のフクザツな心情を知ってか知らずか──無論、知らないのだろうが──星矢はこくこくと瞬に頷いた。
「うんうん。氷河って、ほんと我儘だよなー。ただのコイビトのくせしてさー」

「…………」
氷河は、ひたすら無言である。

星矢にとって、恋人というものは、友だちや仲間と同レベルどころか、むしろ一段低いところにあるものらしい。

憮然としながらも、氷河は、元の場所に投げ遣りな態度で腰をおろした。






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