ネズミ花火や手持ち花火が終わると、花火大会はいよいよ佳境に入り、打ち上げ花火や吹き出し花火の出番になる。
去年の忘れ物は、それでもアテナとアテナの聖闘士たちの目を十分に楽しませてくれるものだった。

「まあ、綺麗ね。去年の夏の名残りを3シーズン遅れで堪能するなんて、風流かもしれないわ」
沙織に言われた星矢が、得意げに人差し指で鼻の頭をこする。

その風流な催し物の間中ずっと、氷河は、花火ではなく、一見色気も何もない星矢を睨みつけていた。


「ラストはこれ」
瞬が、花火セットの入れ物の中から最後に取り出したのは、定番中の定番、線香花火だった。

星矢は、迫力や勢いのない花火にはあまり面白みを感じないらしく、その手に取ろうともしない。

「お約束だね。氷河もどう?」
「見ている」
「うん」
結局、それを手にしたのは瞬と沙織だけだった。

聖闘士たちと女神の作った輪の中で、線香花火が小さな火花を作り始める。
それはやがて、控えめながら、幾つもの繊細な星を飛ばし始め、やがて、熱い火の玉になって、ぽとりと地面に落ちた。

「あっ……」
いつ終わってしまうのかわからない線香花火をじっと見守っていた瞬が、残念そうに小さな声をあげる。
線香花火が美しい花を咲かせている時間は、わずか1分にも満たない。
それは、ひどく短いショーだった。

「線香花火って、趣があるよね。綺麗で、儚くて。ほんとに、これでおしまいって感じがする。──花火のセットって、ほんと、うまくできてるよね」

少しばかりしんみりした口調でそう告げた瞬に、沙織が首肯する。
「恋とはこんなものかしら、ね。燃えている時間は短くて、でも、美しくて、そして、いつかは消える」
「日本の情緒だな。永遠はない。諸行無常、盛者必衰。一期は夢よ、ただ狂え」

沙織や紫龍の傾ける薀蓄にも、星矢はまるで興味がなさそうな顔をしていた。
恋や日本の情緒などより、もっと派手な出し物の方が、星矢は好きなのだろう。

そんな星矢を横目に見つつ、紫龍が氷河に尋ねる。
「大陸の人間はどうだ? おまえも、儚さや桜の潔さに風雅を感じるクチか?」

問われた氷河が、縦にとも横にともなく、首を振る。
「こういうことに、大陸も島国も洋の東西もないだろう。現実に、恋も友情も人も自然も、世界はすべてが有限で、いつかは消えてなくなる。人が永遠の命を願いつつ、それを怖れるのは、永遠なんてものを手に入れても、自分以外のすべてがいつかは消えてしまうのなら、それは孤独と同義だからだろうしな。それでも──」

「それでも?」
「俺は、瞬がいてくれるのなら、永遠にも耐えられると思う。むしろ、永遠を願う」

「それが恋というわけ?」
沙織が、意味ありげな眼差しを氷河に向ける。 

氷河は、それには否とも応とも答えなかった。

“恋”の定義など、本当は、星の数ほども存在することを、氷河は知っていた。
その定義が合致した者たちだけが、恋の真の幸福を供与し合える。

氷河にとっては――そして、瞬にとっても――それは、心身をひとつにすることで得られる永遠への希求だった――ということに過ぎないのだ。






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