残念ながら、瞬は、氷河の出したクイズの正解を口にしてはくれなかったのである。

氷河の前で首をかしげかしげしながら、ひとしきりクイズの答えを考えていた瞬は、その答えは口にせず、至極あっさりと、
「僕、そんなのいらないよ。何に使うの」
――と、言ってくれたのである。

「何に使うって──じ……人生を豊かに美しくできるだろうが」
思いがけない瞬の返答に、氷河はたじろいだ。

瞬が、思案顔で、言葉を継ぐ。
「そりゃあ、人間はあれには多大な恩恵を受けてると思うけど、でも、氷河にそんなものプレゼントされたって、僕、使いようがないよ」

「つ……使いようがない !? 」

『使いようがない』とは、つまり、瞬は、自分の恋人(のはずである)のナニかはまるで使い物にならないと思っている――ということなのだろうか。
氷河は、瞬のその言葉に、とてつもないショックを受けた。

そんな不信感のために、長らく清らかな時間を耐える羽目になていったのだったとしたら、そんな事実は、不毛な夢よりも不毛である。
そもそも瞬は、いったいどういうわけで、そんな確信を抱くことになったのだろう。
氷河には、まるで訳がわからなかった。

が、瞬が言った“使い物にならないもの”は、幸いなことに(?)、氷河のナニかのことではなかったのである。

「僕、車も持ってないし、今は夏だし」
「瞬、待て。なぜ、そこで車や季節の話が出てくるんだ」
「え?」

氷河の物言いに、瞬が首をかしげる。
それから、瞬は、おもむろに、彼の導き出した答えの解説を始めたのだった。

「だって、えーと、絵画を一字で……って、『絵』でしょう? 三重県の県庁所在地は津市だから『つ』。人間の体重の10パーセントを占める液体は『ち』で、生きていないのは、『し』んでることで──」
「その通りだ」

瞬の解説に、氷河が頷く。
間違ってはいない。
ここまでの答えをつなげて、『えっちし』。
あとは、『手(て)』が出てくれば、瞬は正解に辿り着けるはずだった。
しかし、瞬の答えは違っていたのである。

「それから、人間の脳を活性化させるのは、胃」
「なに?」
「脳のエネルギー源はブドウ糖でしょ。ブドウ糖を摂取する、一文字で表せる身体の部位っていったら、胃しかないじゃない。だから、答えは『えっちしい』。HCって炭化水素のことだよね。ガソリンとか石油とか」

「…………」
瞬の答えを聞いた氷河の頭は、真冬の東シベリアの雪原のように真っ白になった。
同じ炭化水素なら、まだ、潤滑油やロウソクの方が使い道がある。

「そんなの、僕、いらないもの」

氷河とて、そんなものを瞬にプレゼントする気はさらさらなかった。






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