考えに考え、満を持して挑んだ“えっちして計画”の挫折に、氷河はがっくりと肩を落とした。
そして、氷河は、その場にあった肘掛け椅子に、疲れきった身体を沈み込ませた。
完璧と思われた“えっちして計画”の予定外の頓挫は、氷河から一気に生きる力を奪いさってしまったのである。

だが、氷河は、その程度のことで落ち込んではいられなかった。

それまで氷河が綺麗に無視を決め込んでいた彼の戦友その1こと紫龍の、
「瞬、その答え、わざと間違ってみせたんだろう?」
の一言が、氷河を悪い予感の海辺へと誘い出し、
「それは……」
という、瞬の、否定ではない呟きが、氷河をその暗い海の底へと叩き込んだ。

が、海は氷河のオトモダチ、彼はすぐに海面に浮きあがってくる。
「正解がわかっているのに、わざと間違った答えを言ったのか、瞬! なぜだ !? 」

常識人は、こんな見え見えの罠にかかってみせることを潔しとしないだろう――などという常識的思考は、氷河にはない。

問われた瞬も、さすがに、鬼気迫る表情の氷河を、『こんなクイズ作るなんて、ばっかじゃないの?』の一言で切り捨てることはできなかった。
代わりに、瞬は、細く長い嘆息と共に、氷河に尋ね返した。
「そんなに……したいの」

瞬とて、氷河の“切実な願望”に、全く気付いていないわけではなかったのである。
瞬は、ただ、氷河がはっきりと言葉にはしないことに甘えていたのだ――否、瞬は、その現状に甘えていたかったのである。


「無論だ」
戦友たちを相変わらず無視しまくって、氷河が即答する。

「…………」
瞬は、口をつぐんだ。

自分が振った話だとはいえ、瞬は氷河ほどにすっぱりと、その場にいる紫龍や星矢を無視することはできなかった。
これは、人前で話し合うような事柄ではない。

が、もちろん、氷河にはそんな常識はない。
というより、氷河の視界と意識の内には本当に、瞬以外の人間は存在していなかったのである。

「俺はおまえを好きだ。当然、他の奴で間に合わせようとは思わない。おまえとしかできないとなったら、おまえに頼むしかないだろう。させてもらえるなら、土下座でもするつもりでいたさ」
いっそ潔いと表現してしまっていいほどに堂々と、氷河はそう言ってのけた。

氷河のその言葉に、瞬は気押され――次に、戸惑った。
こんなことを(一応)人前で断言してしまえる氷河に何と答えたものか困惑している瞬に、だが、氷河は、やはり毅然と言い放ったのである。

「が、やめた」
「え?」
瞬は、思いがけない氷河のえっち断念宣言に、弾かれたように顔をあげた。

「こうまでコケにされたら、男の沽券に関わるか?」
氷河にとって空気と同義である紫龍が、横から口をはさんでくる。
氷河は、珍しく空気に反応した。

「大いに関わる。おれは、瞬と寝たかったんであって、瞬にさせてもらいたかったわけじゃない。こんなふうにはぐらかさずにいられないほど、瞬が嫌がっているというのなら、俺は無理強いはしない」

人類の99.9パーセントが呆れかえるほど姑息な手段で、瞬とのえっちを達成しようとしていた男の態度は、妙に凛然としていた。
悪びれる様子もなければ、自身の失策を恥じる様子もない。
さすがは氷河だった。

「させてもらうために、おまえにぺこぺこしてみせるのも男のロマンだろうし、それはそれで楽しいと思うが、それで“させて”やることにしたんじゃ、おまえは楽しくないだろう。ぺこぺこ頭を下げた代償に、仕方なくおまえに足を開いてもらっても、俺もちっとも嬉しくない」

きっぱりと言い切ってから、氷河は、
「いや、ちょっとは嬉しいが」
と、補足説明を入れた。
入れてから、それを未練がましいことと思ったのか、すぐに自身の言を否定する。
「だが、駄目だ。そういうことはしたくないし、させられない」


「で? 我慢するのか?」
空気が、また横から口をはさんでくる。

「あたりまえだ」
「我慢できるのか?」
「む……」

氷河は、今度は、即答はしなかった。
数秒の間をおいてから、
「する」
と答える。

「いいか。俺はしたい。死ぬほどしたい。したくてしたくて気が狂いそうだ。だから、おまえがその気になってくれさえすれば、いつでも受けて立つ。その気になったら、すぐに俺に知らせろ。それまで、俺は大人しく待つ」

「…………」
瞬は、本当に、この氷河にどう反応してみせればいいのかがわからなかったのである。
言いたいことをべらべらとまくしたて、自分の立場と要望だけを主張して、それで満足したように部屋を出ていってしまった氷河に。


「うまく逃げられてよかったな、瞬」
「…………」

今は、瞬にとっても、星矢たちは空気になってしまっていた。






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