君がいた夏


〜 相原さんに捧ぐ 〜







遠くから響いてくる花火の音を、瞬は、城戸邸の自室のバルコニーに出て聞いていた。
どこかで、誰かが、この夏のために買っておいた花火を使いきってしまおうとしているらしい。

花火そのものは見えないが、その代わりに、夜空にはたくさんの星が瞬いていた。
星座も、夏のそれから秋のそれに変わりつつあり、花火の音と音の間には、秋の虫の声が洩れ聞こえてくる。

「瞬、外に何かあるのか」

瞬はそれには何も答えなかった。
明日にはシベリアに発つという氷河を、瞬は横目にも見なかった。
ただ、その声の主に気取られないように、右の手でそっと頬をなぞる。

瞬に無視されたことを無視して、氷河は瞬の横に滑り込んできた。
ここは瞬の部屋のバルコニーである。
そこに断りもなく入り込んできたことを無作法とも思っていないらしい氷河を責める言葉も、今は出てこない。
代わりに、瞬は、別のことで氷河を責めた。

「夏が終わって、日本はこれから過ごしやすい季節になるのに、どうして?」
略された目的格は、『どうしてシベリアに行かなければならないのか』。

「特に理由もないが」
瞬の星座を捜す素振りを見せながら、氷河は悪びれた様子もなく答える。

「理由がないのに、何のために」
「……それはまあ、しいて言うなら、俺が馬鹿だから、だな」
「?」

僅かに自嘲気味に薄く笑ってそう告げる氷河の言葉の意味は、瞬にはわからなかった。
待ち続ける者の気持ちを、氷河もわかってくれていないのだから、自分が氷河の言葉を理解できなくてもいいのだと、瞬は自身を納得させた。

「氷河がシベリアに行くたびに、もう帰ってきてくれないんじゃないかって、不安になってる僕の気持ちもわかってないのなら、氷河はほんとに馬鹿だと思う」

去っていく人の後ろ姿を見詰めて、切ない思いを味わって。

それでも、これまでは我慢ができていた。
氷河は必ず、仲間たちの許に帰ってきてくれると信じていられたから。
だが、今年の夏は違う――これからは違うのだ。







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