遠くに聞こえていた花火の音が途絶えた。
夏の名残りの花火に興じていた者たちの今年の夏は、それで終わりを告げたのだろう。
あとに残る虫の音の響きがあまりに物寂しかったので、氷河は思い切って口を開いた。

「俺は、自分を、我ながらつまらない男だと思っている」
「え?」
ふいに、まるで脈絡のないことを言い出した氷河に、瞬が怪訝そうな目を向ける。

氷河は、委細構わず、その先を続けた。
「俺が生きていくのには、おまえが必要だが、おまえは多分、俺がいなくても生きていけるだろう。そんな、花みたいな顔をしているくせに、おまえは──しぶとくて強いからな。柳に風折れ無し、というやつか」

「氷河は雪折れの松だとでも?」
「夏場にふさわしくない例えだな。せめてダイヤモンドくらい言ってくれ。あれならオールシーズン有効だ」
「ダイヤなんて、世界中でいちばん硬い物質じゃない」
「ダイヤは、案外もろい代物だぞ。ダイヤには、劈開性っていう、ある一定方向に割れる性質があるんだ。その方向に力を加えられたら、カナヅチで軽く叩くだけで木っ端微塵」

だからどうだというのだろう。
今夜の氷河が、瞬にはまるで理解できなかった。
もっとも、それは、今朝方突然、瞬を置いてシベリアに行くと言い出した氷河への憤りが、彼を理解しようという努力を瞬に怠らせていたせいだったかもしれない。

「松でもダイヤでも、まあ、それはどっちでもいいが――。要するに、俺は、弱みを突かれたらすぐに崩れてしまう馬鹿な男で、その事実を自覚している」
「そんなの、氷河じゃなくたって、誰だってそうでしょ」
人は、誰もがそういうふうにできている。
弱みのない人間の強さなど、木石のそれと大差ないではないか。

「そうかもしれないが、まあ、そんな俺だから、いつかおまえに愛想を尽かされる時が来るかもしれない──と心配したって、そう変なことじゃないだろう?」

本当に、氷河の考えていることが、瞬にはわからなかった。
瞬は、別に、強い人間が好きなわけではないし、そんなことを公言したこともなかった。
無論、強くあろうとする人間に好意を抱くことが多いのは事実だったが。

「だから、俺は小細工をしようと思ったんだ」
「小細工?」

「俺が完全におまえのものだと思わせないことで、おまえの気を引こうとした──のかな。おまえと離れていても平気なんだということをアピールしたい気持ちもあったかもしれない。本当は、平気じゃなかったんだが」

「過去形だね」
さりげなく、しかし鋭く、瞬が指摘する。

確かにそれは過去の話――去年の夏までの話だった。

「だんだん、それだけじゃなくなっていったからな」
瞬の言葉に、氷河は軽く頷いてみせた。







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